生クリーム

――――桃源郷の悟浄の家。







台所中に甘い匂いが漂っている。バニラエッセンスとケーキの焼けるなんともいえない、いい匂いでいっぱいだ。

「よかった。なかなかの出来です」

八戒が弾んだ声を出した。嬉々として黒いオーブンを覗き込んでいる。オーブンの中にはステンレス製のケーキ型がうやうやしく鎮座し、その鈍く輝く円筒から美味しそうな焼き色をつけてふくらんだケーキをのぞかせている。

「悟浄、余熱もちょうどいいですし、スポンジがしぼむ心配ないみたいですから、もうオーブンから型ごと出して下さい」

目尻を下げて八戒がうれしそうに笑う。簡単な濃い紺色のエプロンを身につけていた。よくレストランでギャルソンなどが着けているものと似た系統の男物のエプロンだ。

「へいへい……ってなんで俺が手伝うの? 」

悟浄は緋色の長い髪を後ろでひとつに縛り、これまた簡潔なエプロンをしている。八戒のお見立てだろう。結構似合っている。

「文句言ってるとケーキなしです。早くしないと三蔵と悟空が来ちゃうじゃないですか」

「へいへい。……なあ、コレ俺の誕生日パーティなんだよな」

「そうですよ」

「なのにどーして俺がコキ使われているワケ? ごじょちっとも分かんない」

「……悟浄」

同居人の緑の瞳が、ひときわ鋭くなったのを見て悟浄はようやく黙った。

「へいへい。手伝います」

一瞬ひるんだ悟浄が歯切れ悪く呟く。

「あははは。僕、腕によりをかけてご馳走作りますよ」

八戒の視線がやっと和らぎ、それを見て悟浄はほっと胸を撫で下ろした。

「じゃ、次はスポンジ台に塗る生クリームを作りましょう。悟浄、冷蔵庫から氷を出して下さい」

作業台代わりのテーブルの上にボールを置いた。毎日ふたりで食事をしている場所が今は必殺ケーキ作り会場と化している。

「はいはい」

八戒はきびきびとした動作で生クリームの入っている紙パックの口を開けた。銀に輝くステンレス製のボールを取り出すと、白い濃厚な液体を注いだ。

悟浄が差し出した氷をひときわ大きなボールに入れた。生クリームの入ったボールをその上に置く。冷やして泡立てる気なのだ。

「はい。これで砂糖を入れて泡立てますよ」

八戒がバニラエッセンスを振りかけながら言う。

「へー。こーやって作るんだ」

家庭の味など知らぬ悟浄にはケーキ作りは結構新鮮らしい。まんざらでもない表情で八戒の鮮やかな手際を見つめている。台所の甘い匂いが濃くなった。

「さ、悟浄コレで」

八戒は泡立て器を差し出した。やはりステンレスで出来ているそれは、針金のような楕円の環が組み合わさった丸い穂先を光らせている。

「思いっきり掻き混ぜて下さい」

「…………」

さすがに悟浄が沈黙する。

表情を翳らせその眉根に皺を寄せた。

「どーして俺がやんだよ! 」

とうとう大声で叫んだ。

「あははは。悟浄、力仕事得意でしょう。か弱い僕ではとてもとても」

「おま」

ふざけるなと言いかけたその鼻先で相手の端麗な顔立ちが笑み崩れ、翡翠の瞳がからかうように細められる。

蟲惑的で甘い微笑みだった。台所中に漂うバニラの香りと溶け合うような笑みだ。見る者が蕩けてしまう誘惑的な微笑みだった。

「後でたっぷり、ご褒美あげますから。ね」

八戒は甘く囁いた。

「……」

うっかりそんな笑顔に瞬殺された悟浄は黙って泡だて器を受け取った。

「くっそ。かなわねーな」

「何かいいましたか」

「いいえ、何にも」

悟浄は言われたとおり、生クリームを勢いよく掻き混ぜだした。

「あ、なかなかいい手つきですね。悟浄」

「言ってろ」

ゆるゆるとして、とろみはあるもののなかなか固まらない。悟浄はむきになって掻き混ぜ続けた。

と、ある一瞬で突然生クリームは様子を変えた。

「お」

手応えが突然固くなったので悟浄が目を丸くする。生クリームが緩い液状から固いクリーム状に姿を変えたのだ。

生きているような劇的な変化だった。

「あ! それくらいでいいですよ。あまり掻き混ぜすぎるとクリームが分離して……」

八戒が横から手を出して悟浄を止めようとしたのが、良くなかったのだろう。

弾かれるようにして、悟浄の手から泡だて器が飛んだ。派手な金属音を立てて床に転がる。

「うわ! 悪ィ! 」

悟浄から慌てた声が上がった。

「いいえ……僕こそ」

八戒は木の床に屈み込み、転がった泡だて器をゆっくりと取り上げた。たっぷりとクリームがその針金状の楕円部分にこびりついている。片付けようと洗い場に立った八戒の手にも自然にクリームがついた。

無意識だろうか。八戒は指についたクリームへ舌を伸ばして舐め取った。紅い舌が扇情的に指に這わされ、クリームをすくい取る。

無意識の媚態を見つめる悟浄の喉が、ごくりと鳴った。八戒の仕草はどこか淫靡だった。

「ん……でも」

八戒はそんな河童の思いも知らずに艶めかしく微笑みながら告げた。

「美味しくできてますよ。悟浄よかっ……」

八戒は最後まで言葉を続けられなかった。

「そりゃ良かった」

「悟浄? 」

派手な音を立てて、八戒の手から泡立て器が落ち再び床に転がった。

「な……! 」

そう。

悟浄は無理やり台所のテーブルの上へ八戒を押さえつけたのだ。







「やめ! やめて下さい悟浄。何考えてるんですか! もう! 」

八戒の悲鳴が台所に響く。震動で生クリームの入ったボールが音を立てて一瞬浮いた。

「だぁって」

こんな凶悪な場面でも、緋色の髪をした男前は悪びれない。

「俺の誕生日だっつーのに八戒サンってばヒトのことをこき使ってばっかだし」

八戒をテーブルに押さえつけたまま、その手についている生クリームをぺろりと舐めた。

「見せつけるよーに生クリームなんかエロい仕草で舐めちゃってるし」

性急な手つきで八戒の躰からエプロンを剥ぎ取った。ついでにその下に身につけている黒いニットを脱がしにかかる。

「『ご褒美』ってのはナニ? もういいや、勝手にもらうし。もう待てねぇって」

「ごじょ……! 」

あっという間に手馴れた腕によって上半身が露わになる。悟浄は八戒の抵抗を封じるように首筋にくちづけた。

「あ……ッ」

「ケーキよりもナニよりも」

傷のある悟浄の頬が、にやりと歪む。

「俺にとってはオマエの方が美味しそうっての。知ってた? 」

「な……! 」

八戒は思わず緋色の髪を手でつかんで男の躰を押しのけようとした。しかし、外気に当たって尖った乳首を舐められて仰け反った。

「あ……」

「ホント……美味いぜ八戒」

性悪な笑顔を浮かべて悟浄が囁く。軽く歯を立てていじめながら、もう一方の屹立を手で捻るようにして摘まみ上げた。

「ひ……」

「このままでも美味いケド」

悟浄の目の奥にいたずらな輝きが一瞬かすめた。八戒の上半身に舌を這わせながら、手元にあったステンレス製のボールを手で引き寄せる。

「こうすると……もっと美味いんじゃねぇ? 」

「……! 」

悟浄は無造作に手でボールの中の生クリームを掬うと八戒の肌に塗り付けだした。

「あ……ッ……! 」

八戒が声にならない声をあげて躰を捩る。逃げようとするのを押さえつけて、悟浄はなおも八戒の躰に生クリームを垂らした。

「ぬめぬめして気持ちイイ? 」

にやりと笑い、固くなった乳首に手の平で円を描くようにして生クリームを塗り込め愛撫する。

「……!! 」

強烈な感覚に八戒が躰を引き攣らせて痙攣する。震える胸へ悟浄が紅い舌を伸ばし、ぺろりと舌先で尖った乳首の先についたクリームを舐め取った。

「ん。すげぇ……甘い……八戒」

「あ! ああッ! ご……じょ! 」

執拗に感じる場所をもてあそばれる。

「ひ……」

何度も、何度もクリームが塗りつけられた。

「下も脱げよ。八戒……パンパンに勃ってんじゃん」

「や……! 」

それでも抵抗しようとする八戒の下肢から悟浄が荒い手つきで服を剥いだ。膝上で落ちずに絡まるズボンを脚で追い落とすようにして完全に取り去った。白い裸身を剥き出しにされて、八戒が屈辱からか全身を紅潮させる。

台所のテーブルの上なんていう非常識な場所で八戒は挑まれ、犯されようとしていた。

緑の瞳が、それでも激しさを失わない強さで悟浄に向けられた。そんな八戒の抵抗を正面から悟浄が押さえつける。

「ひ……ぃッ……」

八戒の唇から悲鳴が漏れる。

もう、睨み続けることはできなかった。脚の間で本人の意思とは関係なく快楽を兆しはじめたそれを、生クリームに塗れた大きな手で握られたのだ。

「あ……ッ」

生クリームの滑りを借りて、恥知らずな指が淫らに扱(しご)きだす。八戒は悲鳴のような声を上げて快楽に抵抗しようと必死になった。

「駄目……で……す……ッ……あッ」

八戒の張り詰めた肉棒は先端の割れ目から透明な体液をこぼしている。それへも生クリームを垂らし、悟浄はわざと音を立てて美味しそうに啜った。

「う……ひぃ……ッ」

背筋を駆け上がる電撃のようにきつい快楽に八戒が白目を剥いた。耐えられない。悟浄の愉しげな、くぐもった笑い声が台所に響いた。

「面白れぇ……生クリーム甘いのに、八戒のガマン汁しょっぱい」

愉快そうに紅い髪の男は笑い続けている。その間も愛撫の手を休めることはない。いつの間にか張り詰めきった八戒のペニスを扱きあげる。

「でも、八戒のエロい汁が隠し味になっててオイシー」

「ご……」

自分を蹂躙する相手の名前を呼ぼうとして八戒が失敗する。がくがくと快楽の発作で突っ張り、震える躰を悟浄が受け止める。スケベなマッサージでもする要領で八戒の肌へ生クリーム塗れの手を這わせた。いやらしい手つきだ。

「……ローションプレイっぽいな。コレ。オマエってローションプレイやったことある? 」

「ば……」

罵ろうとしてもかなわなかった。悟浄は八戒の後ろの孔に生クリームをたっぷりと垂らすようにして塗りだした。

「が……ッ」

もう、身も世もない様子で八戒が身悶えする。後ろの孔へ垂れた生クリームを舐めとり、味わうように悟浄が舌を這わす。

敏感な襞の間に白いクリームがこびりつき、ひくひくと媚肉が震える。悟浄は舌で抉るようにしてひくつく粘膜を追い詰めた。

「ああ……ッ……あああッ」

八戒が痙攣する。悟浄の舌が後孔を舐め啜り、前の屹立を扱いて攻めたてると、八戒が身を捩って喘いだ。普通の愛撫よりも繊細に淫らに悟浄の舌や指が八戒の快楽中枢を狙い撃ちにする。

肌の上で滴り落ちぬめる生クリームの感触が八戒を狂わせていた。ぬちゃ、ぬちゃと恥ずかしい音がペニスを愛撫されるたびに立った。生クリームと先走りの体液を混ぜ合わせてぐちゃぐちゃに扱かれ、八戒はひどい快楽に半分意識が飛んでいた。

「ホント―にエロ過ぎオマエ」

くっくっと悟浄が喉で笑う。しかしその情欲に歪む目は笑ってはいない。艶めかしい八戒の痴態を瞳に焼き付けるがごとく食い入るように見つめ続けている。

「う……ッ……う……」

抑えようとしても、甘い声が唇から漏れる。

快楽の涙が滲む翡翠色の瞳は、責めるように悟浄へと向けられていた。そんな八戒にかまわず、もう限界に近い八戒の肉棒の先端、鈴口に音を立てて悟浄がキスを落とし、次の瞬間ずっぽりと口全体で咥え込んだ。

カリ首を唇でひっかけるようにして、口をすぼめて可愛がると、八戒の口から面白いように悲鳴が上がった。

「はぁ……あッ……」

快楽に潤んだ瞳から涙がこぼれ、頬を流れ落ちる。

「生……クリ……ム……が」

それでも震える舌が必死に言葉を紡ごうとする。八戒が首を振るたび、濡れたような艶を放つ黒髪がばさばさと音を立てた。額に快楽の汗が光る。

「ケ……キに……塗る……のに」

八戒は悟浄の手元のボールから、生クリームが残り少なくなっているのに気がついたらしい。確かに八戒の心配どおり、もうこれでは十分にケーキを飾ることができないだろう。

「……へぇ。ケーキの心配してんなんて、余裕あるじゃん。八戒サンってば」

悟浄の瞳に嗜虐的な光りが浮かんだ。手練手管の全てを使って八戒から理性も何も剥ぎ取ろうとしている。それなのにケーキのことなど考えることができるなんて許せなかった。悟浄の何かに火がついた。

「心配すんなよ。生クリームなら……」

再び、もう何度目かも分からぬ動作でクリームをボールからすくいとった。

そしてそれを、八戒の痴態に当てられて十分過ぎるほどに硬く勃ちあがった自分へと塗りこめた。

「コッチで掻き混ぜてやっから」

生クリーム塗れの雄の怒張を後ろへあてがい、穿った。獣のように激しく貫いた。

「…………!! 」

八戒の声にならぬ絶叫が台所に響く。その手はテーブルの上を這った。縋るものを求めるように爪が立てられ、がりがりと音を立てる。

「あ……あ! 」

見開いた瞳から涙が飛び散った。喰われるように蹂躙される。悟浄の凶暴な怒張を受けいる八戒の肉筒は、白い生クリームを狭間からこぼしながら、残酷に貪られていた。

「ひッ……ひ……ぅ」

もう悲鳴が声にならない。

「どのくらい……掻き混ぜて欲しい? 気の済むまでヤッてやるぜ。八戒」

「や……ッ」

仰向けに反らされた胸では、白いクリームをこびりつかせて乳首が快楽に震えている。恥ずかしいくらいに脚を大きく開かされ、悟浄に突きまくられてもう何も考えられなかった。

「あーあ。生クリーム。泡立つどころか。ナニコレ」

突然、悟浄が八戒を貫いている場所を覗き込むような所作をした。抱いている悟浄からは、八戒の紅い粘膜が自分の肉棒をぱっくりと咥えこんでいるところが丸見えなのだ。艶めかしい八戒を犯す喜びに、悟浄はすっかり我を忘れている。

「泡立たねぇで、溶けちまってる。なんだコレ」

生クリームは固まっていたはずなのに、すっかり融けてしまっていた。ふたり分の情交の熱さで液体に戻ってしまっていたのだ。当然の事だった。

「しょうがねぇ。八戒」

黒髪からそっと出ている綺麗な耳元に悟浄が囁く。

「……いっそ中だしして、俺のザーメン、クリーム代わりにしてオマエん中で泡立ててやるっての……どぉ? 」

恥知らずな提案だった。

「……! 」

返事をすることもできぬくらい激しく突きまくられた。ふたり分の体重と動きでテーブルが、ぎしぎしと軋んだ音を立てる。今にも壊れそうだ。

「八戒……」

八戒の全身に塗りつけた生クリームを舐め取るように悟浄が舌を這わす。当然下肢は八戒をずっぽりと抉り、穿ったままだ。

「ッ…………! 」

がくがくと八戒が躰を痙攣させる。その反応の激しさに悟浄は視線を落とした。いつの間にか腹に生温かい体液が飛び、濡れている。

お互い白いクリームで覆われ、ナニが何だか分からない状態だったが、八戒が我慢できずに快楽の証を放ってしまったのだと知れた。

「……イッちゃった? 」

悟浄が淫猥に唇を歪める。

「いいぜ。オマエってばサイコ―。何度でも……付き合うぜ八戒」

自分の腹部に飛んだ八戒の精液と、生クリームを合わせて指ですくうと、それを相手の口元へと押し付けた。

「舐めろよ。八戒」

強引に唇を割って指を中へと突っ込む。

「ぐ……」

八戒は涙を流しながら、呻いた。口いっぱいに塩気と苦味のある自分の精液の味と……甘い生クリームの味が拡がる。

「美味い? 俺にも教えてよ」

悟浄が躰を前に倒し、唇を重ねる。深く舌を絡めあわせて貪った。

「んぁ……」

精液と生クリームの味のするキス。そんな背徳的な味わいにふたりで酔い痴れた。

「八戒……」

突き入れた肉棒と粘膜の間から電撃のような快楽が駆け上り、ふたりの背や脳を白く焼く。もう、何もかも分からない。理性も判断力も何も何もない。白い快楽の彼方へ理性も何もかも消え去っている。限界は近かった。

「……ブチまけてイイ? 八戒のナカ俺のザーメンでいっぱいにしちまってイイ? 」

「は……ご……じょ……ッ」

獣のように絡み合い、生クリームと淫らな体液で肌を汚しあいながら熱い交合を続ける。八戒の肉筒は震え悦びにわななき、それ自体がひとつの生き物のように悟浄を締め付けた。

「八戒……八戒……八戒」

じきに悟浄も熱い声を放って、八戒の中へと思いの丈をぶちまける。

「あ……ぅ」

男の情欲のままに貪られた。八戒は嗜虐的な快楽の奴隷となって、テーブルの上で悟浄の熱い飛沫の感覚に身を震わせて耐えた。

「はぁ……ッ……はぁ……」

「八戒」

再び、ふたりは唇を重ね合わせた。すっかり健全で和やかったはずの台所は、淫らな空間へと一変していた。濃密で淫猥な性の気配ですっかりいっぱいになっている。もう言葉も交わさず、ふたりは再びお互いの躰へ溺れていった。







ちょうどその頃。

「ねーねーサンゾー! 」

「何だバカザル」

悟浄の家の前にはふたり分の影があった。

三蔵と悟空だった。悟浄の誕生日だと言って八戒が招待したのだ。

「何か……ヘンな悲鳴とか聞こえない? 」

「…………」

問われて鬼畜坊主の額に皺が寄った。ふたりで耳を済ませ、あらぬ声に聞き入っているところだった。

「ア、アレって八戒の声じゃね? 」

心配そうに悟空が囁くが、事態を悟空よりも正確に理解している三蔵は硬直してうつむいたまま返事もしない。ただでさえ白い顔はいっそ青いほどに白かった。

「な、なんだろ。誕生日なのに喧嘩でもしてんのかな」

「…………」

ようやく、苦虫を噛み潰したような表情で三蔵が舌打ちをする。人も殺せそうな鋭い目つきで玄関のドアを眺めていたが、じきに唸るようにして言った。

「帰るぞ」

「え? 」

思いもかけぬ三蔵の言葉に悟空が目を丸くした。

「だ、だって。もし喧嘩してんなら止めなくっちゃ……」

「……バカバカしい」

三蔵は暗紫の瞳を眇めるようにした。右目が特に細くなった。恐らくその脳裏には、ほぼ正確に悟浄と八戒が行っている淫靡な行為が浮かんでいるはずだ。

最高僧は悟空に取り合わず、背をくるりと向けた。そのまま足早にその場から立ち去ろうとする。長居は無用だった。

「ま、待ってよ! サンゾー! 」

可哀想にせっかくご馳走にありつけると思っていた悟空はすっかり涙目になって三蔵の後ろ姿を追いかけた。







実際。

三蔵の想像したとおりだった。

煌々と明かりのついた台所のテーブルの上では相も変わらず睦みあうふたりの姿があった。もう誕生パーティのことなど忘れてしまったかのようだ。

「ご……じょ……も……許し……」

「誕生日だからいいじゃん」

身も心も文字通りべたべたに甘くなったふたりは、まだまだ性懲りもなく躰を絡め合わせていた。飽きるということがないようだった。

「生クリーム掻き混ぜるより……八戒掻き混ぜる方が……俺ってば超、得意かも」

「バカ……ぁッ……あッ」

悟浄の誕生日と八戒の災難はまだまだまだまだ終りそうにない。

こうして誕生日の夜はべたべたに甘く過ぎていった。