照魔鏡の森(1)

「お助け下さい法師様」
 宿の食堂で、村の名士達に三蔵は頭を下げられていた。またかと三蔵の眉間にしわが寄る。
 どうして自分の正体がバレたのかと一瞬首を傾げたが、派手な自分の法衣と、これまた派手な自分の下僕どもを振り返って、ケッとばかりに横を向いた。
 金の髪に暗紫の瞳、神々しいまでの三蔵法師の装束を着た三蔵と、紅の燃える髪に錫月杖をかついだ男前に、自由自在に伸びる如意棒を持ち金の目をした少年、そして、黒髪で優しげな長身の美青年が一緒にいるのだ。
 確かにこれでは三蔵一行という看板を背負って歩いているようなものだった。
 一緒にいる下僕どもはようやくありついたメシを必死にかきこんでいる。テーブルの上には悟空が頼んだ大量の料理が湯気を立てていた。
 八戒が悟空の世話を焼き、悟浄がそれを見ながら横からちゃちゃを入れている。いつもの典型的パターンの食事風景だ。
 だんらん(?)のひとときに、三蔵は村のお偉いさん方に捕まった。椅子に不機嫌そうに腰掛けた三蔵の前へ、身を屈めるようにして入れ替わり立ち代り嘆願する老人達が、膝を進めるようにして前へでる。
「どうか、無辜な民の願いをお聞きどけ下さい。森に化け物がおりまして、若い村人を生きながらにして貪り喰らうのです。このままではどうしようもありません。どうか――」
 ひとりの老人の口上が終わると、その次の身分ありげな年寄りが口を開いた。
「僭越ながら、この村の村長でございます。徳高き法師様がおいで下さったと聞き、いてもたってもいられず参上いたしました。どうかこの老いぼれの命と引き換えにしてでもこの願いお聞きどけ下さいますよう」
 村の三役と村長が三蔵の前にひれ伏す。全員、額を床に打ち付けんばかりだ。鬼畜生臭坊主はうんざりした顔で耳をほじっていたが、聞き飽きた口上だとでもいうように邪険に言った。
「要するにアレか。俺達に妖怪退治でもしろってのか」
「ははっ」
「さすがは法師様」
「お願いでございまする」
 地に平伏して老人達は三蔵に取りすがった。三蔵が隠しもせずため息をつく。
「どうか、御一考下さりませ」
「退治して下さいましたら、この恩義決して忘れません」
 ひとしきり愁嘆場を繰り広げると、村のお偉方は宿から出て行った。
「やれやれ」
 三蔵は老人達が出て行くのを見ながらマルボロに火を点けた。
「どうすんの。三ちゃん」
 悟浄があごをしゃくって呟いた。トラブルはご免だが、無下に断るのも可哀想じゃないのとその顔に書いてある。
「あのう……」
 そのとき突然、水を出しに来た宿の娘が口をはさんだ。
「法師様達ならあの化け物が退治できるのですか? 」
 娘はこわごわといった様子で呟くように言った。震えている。可愛い女の子の登場に悟浄が、やに下がる。
「お、まーな。で、ところで化け物ってどんなヤツよ。ジーちゃんたちの言うこと聞いててもピンとこないんだけど」
「化け物は、若い綺麗な人間が好物なんです。あまりにも被害が酷いので、村の偉い人は化け物と交渉して取り決めをしました。一年に一度、村一番若く美しい娘が生贄になる代わりに他の村人を襲わないと。でも、それも最近破られがちなんです」
 娘は悲しげに目を伏せた。と、見る間に涙がその瞳に浮かぶ。
「お願いです! 助けて下さい! 今年はうちのお姉ちゃんが生贄の番なんです! 」
 娘は三蔵に取りすがった。
「その生贄の番ってのはいつだ」
「……実は明日なんです……もうお姉ちゃんは、禊(みそぎ)をして生贄になる準備をしているところで……」
 娘はそのまま、泣き崩れた。三蔵一行はお互いに顔を見合わせた。





「で、三ちゃんどうするのよ」
 何故か今夜は三蔵と同室の悟浄がベッドに寝転びながら言った。
「冗談じゃねぇ。世直しやってるどっかの楽隠居じゃあるまいし、ずらかるぞ」
「え! 」
 てっきり化け物退治をするものだと思い込んでた悟浄が肩すかしを喰らったような声を上げる。
「お人よしのバカ河童が。言われるたんびに化け物退治なんかやってたらキリがねぇ。化け物退治して歩けなんざ、俺は三仏神に言われてねぇよ。俺達の目的は牛魔王の蘇生実験を止めることと、妖怪の暴走化の原因をつきとめることだ。化けモン退治なんか契約外だ。やってらんねぇ。明日はこのまま村を出る」
「三ちゃん! 三ちゃんってば! 」
 悟浄が呆れたように三蔵に向かって言ったが、三蔵は既にベッドの中で寝息を立てていた。





 一方その頃、隣りの部屋では、
「眠れないなんてバカですね。僕は……」
 八戒がくすりと闇の中、ベッドに横になったまま笑った。
 同室の悟空は既に気持ち良さそうな寝息を立てている。
 こんな時ばかりは、悟空が羨ましいと思いながら、八戒はベッドの上に身を起こした。
「んっ……」
 躰が熱い。芯から疼くように。そりゃ、自分だって男だから、こんな夜だってあって当然だとは思うけれど。
 花喃を失ってから、自分にそんなものがあったことすら忘れ去っていた八戒には今夜の自分の強い衝動は驚くべきことだった。
 まだ、そんなものが残っていたのかと、つくづく自分の業の深さというものを思い知らされてしまう。
「本当にバカですよね」
八戒はひとりごちた。
「頭でも冷やしてこようかな」
 そうして、外へ夜の散歩と決め込んだのだった。
 どうせ、このままでは眠れないだろう。夜風にでもあたれば多少ましになるかもしれない。八戒は、椅子にかけてあった自分の上着に袖を通した。





 宿の表は賑やかな通りに面しているが、昔の中華風な四合院造りの中庭を通って、裏手にでると、そこには暗い森が広がっていた。
 鎮守の森というのではないが、何か結界めいたものを感じる不思議な場所だった。異界との棲み分けを匂わせる森。どこか、世間と隔絶した、非日常的な空間がそこには広がっていた。
 さわさわと、躰を通りぬけてゆく風が心地いい。少しは頭を冷やせそうだと、八戒が夜風に身を任せていたそのとき。

 どこからともなく

 声が

 聞こえた。

 それは誰かの声に似ていた。

「……? 三蔵? ですか? 」
 何となくそんな気がして、八戒は闇に向かって呟いた。しかし、こんな夜更けに、自分じゃあるまいし、三蔵が独りでこんなところにいるというのはおかしい。
「そんなわけ……ないですよね」
 八戒が思わず、自嘲めいた笑いをこぼしかけたときだった。
「! 」
 後ろから、八戒はひものようなもので羽交い絞めにされた。きつく躰に食い込んだ。
「だ……誰だ! 」
 ざわざわと、周囲の空気が不穏な気配を孕んで揺れた。どこか不吉な感覚が、八戒の背筋を走り抜ける。恐る恐る自分を捕らえた相手を振り返って八戒は絶句した。
「……!! 」
 悲鳴が声にならない。
 そこには、名状し難い様相の生き物がいた。
 ぬめぬめと体液のようなもので濡れた触手を幾つも揺らした、青い大木のような化け物がいたのである。その様子はこの世のものとも思われなかった。
 八戒は逃げようとして、躰をひねった。そこに化け物の触手が逃さぬとばかりに十重二十重に次々と巻きつく。
 両手でそれを解こうと、触手をつかむが不気味な化け物の体液で手が滑って上手くいかない。苦しくて咳き込んでいる八戒の足首にも、触手がきつく巻きついていく。
「この……! 」
 とっさに八戒は気功を放った。白く発光した気が怪物の幹を打ちぬく。
 瞬間、八戒に絡み付いていた触手が緩んだ。八戒は化け物から逃れようと、それを振りほどいて走ろうとした。
 だが。
 穴が開いたはずの化け物の幹が震えると同時に一瞬にして穴を塞ぐようにして再生した。
 完璧な復元だった。まるでビデオテープの逆戻しを見ているかのような出来事だった。もう、どこに穴が開いていたのかすら分からない。
 細胞のつくりが地球上のものとも思われない。異常な様子だった。
「なに!? 」
 八戒が驚愕で目を見開く。それでも、もう一度、強力な気を打ち込もうとして、片手を構えて振り上げた。
 が、一拍遅かった。
 再生した化け物は強力だった。
 しなる鞭のようにして無数の触手が一斉に八戒めがけて飛びかかり、その躰に絡みついた。完璧に八戒はこの化け物の獲物だった。
 もう、あがいても無駄だった、逃れようとしても逃れられなかった。
 八戒は森の奥へとひきずりこまれた。











 闇のなかで
「……」
 誰かがかすかな声で呼んでいる。
「…………」
(誰だ、うるさい)
「さ……んぞ」
(うるせぇってんだろうが)
「さんぞ……」
 相手は自分の名を呼んでいた。
 自分を呼ぶ甘い毒のようなその声が耳に注がれると、躰の芯が熱くなり、狂暴な何かを点されるようだった。
 その白い躰を三蔵は押さえつけていた。どうも相手は――同性らしかった。自然と舌が誘われるようにして相手の肌へと伸び、三蔵はその甘い肌を味わうように舐めた。
 ひくんと震える甘美な躰を逃がさないようにして三蔵は相手を――抱いた。

 しなやかな躰を震わせて、艶やかな黒髪がその額で踊り、深い緑色の目が開き――。

「…………! 」
 闇の中、三蔵は目を覚ました。
 しばらく、今まで見ていたのが、夢だったと信じられなくて、身じろぎができない。毛布を被ったまま、ベッドの上で呆然としていた。
 しかし、頬に触れる敷布の肌触りにしても、枕の柔らかな感触にしても、ここは確かに宿の部屋にあるベッドの上だった。 やたらに、リアルな夢だった。
「クソッ」
 なんて夢を見るんだと、上体を起こして額に手を当てた。どうかしている。本当にどうかしているとしか思えない。
 三蔵は、タバコでも吸おうと、外へ出た。





 化け物の触手が這いずりまわる粘凋な音が薄暗い森にこだまする。鳥の声ひとつしない、鬱蒼とした緑の檻に八戒の悲鳴が切れ切れに響いた。
 生き物の気配のない森の中では、助けを求めても無駄だった。
 誰もいない、暗い森の奥で八戒は陵辱されつつあった。
「ああッ……あッ……ッ」
 ひどく気色が悪かった。ぬめぬめとした無数の触手に、八戒は躰中を撫でまわされていた。
 巻きついている触手は、先端が男性器のように丸みを帯び、小さな口を開けたところから、とろとろと粘性のある体液を流し、八戒に擦りつけてくる。
「ぐ……ぅん……あっ」
 八戒の服の隙間から、触手はもぐりこみ、その肌を這いずりまわった。べたべたと白い肌を汚される。
「いや……いやで……やめ……」
 八戒が頭を振って抵抗するが、それがうるさいとばかりに、太い触手の一本が八戒の口へと入り込んできた。
「ぐ……むッ……! 」
 抵抗を封じるように、首にまで触手は巻きつき、八戒を固定して、その口を犯し始めた。
「ぐぅッ……うッ……」
 何本もの触手が八戒の肌を這う。その動きは乱暴で、禁欲的な詰襟のチャイナ服は裂かれつつあった。悲鳴に似た嫌な音を立てて、緑の布地が破かれる。
 その魅惑的な首筋を隠す襟元はわざと残して、化け物は八戒の服をずたずたに裂いていった。艶めかしい胸の尖りが夜気にさらされて、ひくりと震える。
 触手はちらちらとグロテスクなその先端から、また細い紐のような管を伸ばし、八戒の乳首をつついた。
「…………! 」
 抗う敏感な躰を幾つもの管のような触手が巻きついて封じる。
 まるで、化け物は八戒の肌に直に触れることができるのが、嬉しくてならないとでもいうかのように、触手できつく締め上げた。
 その躰を味わうかのように、全身をおぞましい粘液の滴る管で舐めまわして陵辱している。
「あ、ああッ……」
 八戒は首を振った。化け物に触れられている肌がじわりじわりと快感を腰奥に伝え、熱く疼かせる。
 おぞましい感覚に、八戒は思わず叫んだ。裂かれた布地の間から、見え隠れする肌に不気味な触手が次々と巻きつく。
 薄い青緑色とも、なんとも形容し難い気色の悪い色をした、環形動物のような化け物の触手と体液でその全身は汚され、べたべたにされた。
「う……! 」
 口を太い触手に蹂躙されていた八戒だったが、苦い汁の味が舌に伝わり、目を剥いた。何とも気色の悪い体液を口腔内に吐き出されたのだ。
「ぐ……むッ……が……ぼッ」
 体面も何もなく、吐き出そうともがく。
 しかし、化け物は八戒の顎を固定するかのようにツルを巻きつかせて口を開かせ、またあらたな太い触手を伸ばすと、八戒の口の中へ無理やり入りこんだ。
「ぐ……! 」
 今度の触手の動きは本当に容赦がなかった。喉の奥まで犯されるかのようなストロークに八戒が苦しげに悶える。
 目の淵に生理的な苦痛の涙が滲んだ。脊髄反射的に吐き気がしてくる行為を強要されていた。
「あ……が」
 本当に、吐いてしまいそうだと思ったそのとき。
「…………! 」
 また、口の中に、いやもっと奥の喉に、食道に、胃の中にまで化け物の体液を大量に吐き出された。気色の悪いぬめりと酸のような香りのする苦い液体が、八戒の躰の内部に放たれる。
「がはぁッ……はぁッ……はぁッ……」
 一瞬、太い触手が外され、八戒は思わず大きく息を吐いた。苦しくてしょうがなかった。苦い、おぞましい化け物の体液の臭いが自分の躰の内部から、呼気とともに匂ってくるのに、八戒は嫌悪の表情を一瞬浮かべた。
「ぐ……げぇッ……げぇ……ッ」
 八戒は本能的に、飲み込まされたものを吐こうと、締め上げられたまま躰をくねらせた。
 おぞましかった。不気味で下劣な生き物の成分が、自分の細胞や体液と一緒に混じり合おうとしている。生理的で根源的な嫌悪感があった。
 しかし、
「……! 」
 下肢を這いずりまわる、無数の触手たちが、何を求めているのか次第に分かるにつれて、八戒の嫌悪は恐怖にとって変わってきた。
「な……やめ……」
 汚らわしいことだった。
 丸みを帯びた二つの丘の狭間を、触手がずるずると這いまわる不気味な感触は、とらえられてからというもの、ずっと味あわされてきた。
 いままで、それは弾性のある触手の側面で擦り上げられているというだけだった。八戒の口腔内を犯しつつ、化け物はそうやって下肢を圧迫し、艶めかしい尻の感触をあじわってもてあそんでいたのだ。
 八戒の尻にもぐりこんだ触手のひとつが、その管の先から粘性のある透明な液体をこぼし始めた。不気味にぶるぶると先端を震わせ卑猥にくねっている。そして、それを。
「やめ……やめろ……! 」
 気色の悪い感触が、尻に走って八戒は悲鳴を上げた。むちゃくちゃに躰を左右に振って暴れて逃れようとした。
 しかし触手によって締め上げられ、ほとんど地に足もつけず、空中でもてあそばれているような状況では、抵抗するのもままならなかった。
 おぞましい化け物は、八戒の抗いを嘲るかのように、後ろの孔を触手の先端でつついた。
「ひ……! 」
 抵抗は無駄だった。しっかりと両足を開かせようと別の触手が何本も絡みつき、左右へ大きく持ち上げる。どうあがいても駄目だった。
「ぐ……あ! 」
 後孔に化け物の太い触手が容赦なくもぐりこんだ。びちびちと卑猥すぎる蠢きで、八戒の奥深くにそれは侵入していった。 闇夜に、八戒の声にならない悲鳴が響き渡った。





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