ジープ×八戒

 旅の道中、ひどい悪路にさしかかった。
 ごろごろとした岩や石が転がり、運転しづらいことこの上なかった。ジープが左右に揺れる。
 赤茶けた岩がいくつもいくつも一行の前をはばみ、あやしい霧のなか黒いかげをそびやかせ、悪意ありげにたたずんでいる。
「うっわー!! 」
 ジープの後部座席で、悟空が悲鳴を上げた。
「舌噛む! 舌ぁー!! 」
 そう叫ぶなり、座席にしがみついた。傍らにいる悟浄も音を上げた。
「おい! 八戒ッ! もっとマシな道なかったのかよ! 」
 すごい震動に耐えながら、河童も運転席へ向ってわめいた。油断すると、凄まじい揺れで座席から落ちそうだった。
「は、はははは。すいません。土地の方が早道だと教えて下さったんですが……こんな悪路とは知りませんでした」
 八戒が苦笑いしながら、ハンドルを左右へと回す。でこぼこ道の上に、岩が転がっているので、避けるのに必死だった。
「…………」
 助手席の三蔵は無言だ。上下左右に揺れる車上で、なんとか、我慢しようとしているらしい。
 しかしこれでは、タバコを吸うこともままならない。当然、機嫌はひどく悪かった。とはいえ、八戒に文句をいうわけにもいかないようだ。むっつりと黙り込んでいる。
 ひどい悪路の連続に、ジープも疲れてしまったのだろう、段々と速度が落ちていった。のろのろと岩と岩の間を縫うように、よろめきながらもなんとか走っていたが、ぬかるんでいる上に岩が転がるという、道とも呼べぬところを走り続けて限界がきたらしい。
 もう、一歩も先になど、進めないとばかりに、止まって動かなくなってしまった。
「ジープ! 」
 八戒が慌てる。
「ど、どうしたの? 」
 悟空が心配そうに後部座席から覗き込んだ。ジープはぴくりとも動かなくなってしまった。
「ジープ……」
 八戒は、困ったように、ジープのハンドルを撫でていたが、そのうち優しく声をかけた。
「ね、ジープ。もう少しだけ、頑張って下さい。もう少し行ったら街につけるんですよ」
 ジープはうんともすんとも言わない。
「ジープ、お願い……」
 懇願する口調で、八戒はジープにささやき続ける。
 後部座席から悟浄の
「まさか、ここから歩きじゃねぇだろうな」
 とぼやく声が聞こえてくる。
 それを受けた悟空から悲鳴じみた声があがった。
 確かに、こんなところで放り出されては、宿になど夜通し歩いても着かないだろう。辺りは見渡す限り深い山の中で、ひとの気配など少しもなかった。標高もかなり高い。霧が出ていて、見通しもつかない。
 八戒は騒ぐ周囲を無視して、ジープにひたすら何ごとかをささやき続けた。
 そして、それが奏を効したのだろうか。
 しばらくすると、八戒のささやきに応えるかのように、ジープがお馴染みの笛に似た声で鳴いた。
 エンジン音が響き、ジープは再び走りはじめた。
「ありがとう。ジープ」
 優しくいたわるように八戒は呟いた。
「よ、よかったー」
 悟空が胸を撫で下ろす。その腕に、如意棒をしっかりと抱えている。
「やれやれ、どうなることかと思ったぜ」
 悟浄も安心したように、ため息を吐いた。震動でずり落ちかけたバンダナを締めなおしている。
 相も変らぬ、悪路だったが、ジープはさっきよりは軽快に走っていた。足元の石を弾き飛ばしながら車は進む。
 賑やかに談笑している後部座席のふたりはさておき、助手席の三蔵はひどく静かだった。
 ハンドルを握っている八戒を、最高僧はそっと横目で盗み見た。
「…………」
 そう。
 三蔵は、いささか不思議な言葉を、先ほど耳にしたのだった。

( お願い、ジープ……あとで 『ご褒美』 あげますから……)

 八戒は確かに、そうジープにささやいていたのだった。後部座席のサル河童はともかく、隣の助手席に座っている三蔵には、はっきりと聞こえてしまった。
 三蔵は、探るような視線を八戒に向けた。気のせいか、 『ご褒美』 とささやいた唇は妙に艶めかしかったのだ。
 瞬間、名状し難い妖しい色香のようなものが、運転席のこの男から漂ったように思われ、三蔵は思わず八戒から目を離せなくなった。
 さらさらとした、黒髪が白い額を飾っている。緑色の静かな瞳は、前方を見つめて毅然としていた。
 運転席でハンドルを握る姿は、いつもの穏やかで優しい八戒だった。ふだんと何ら変わりはない。
先ほど一瞬、垣間見たように思われた、妖しい気配など、想像させる余地はその姿になかった。
 気のせいか、と三蔵は密かに胸中で呟き、懐からマルボロを取り出した。途端に、岩にでも乗り上げたらしく、激しいアップダウンに襲われる。
 タバコを口に咥えようとして失敗した。ひどい悪路は、それからもしばらくの間続いた。



 そんなこんなで、三蔵一行がようやく街にたどりついたのは、夕方だった。
「四部屋、シングルが空いているそうです。今夜はひとり部屋に泊まれそうですよ」
 悟浄は手を打って喜び、三蔵も露骨に顔には出さないまでも、ほっとしたような様子だった。
 連日の旅で、野宿が続いていた。
 たまには、ひとりでゆっくり眠りたい。一行の、どの顔にもそう書いてあった。当然の心理だった。
「んじゃ、ここでとりあえず、解散? 」
 悟浄が嬉しそうに言った。既にその目は、街へと向いている。久しぶりの盛り場が、恋しくてしょうがないのだろう。
「ええ、そうですね……そうそう、三蔵」
 その声がどこか、少し奇妙な不協和音を伴っていたような気がして、三蔵は眉をつりあげた。
「なんだ」
「出発は……明後日でもいいですか?」
 八戒はさりげない調子で言った。
「どうしたんだ」
 三蔵は、相手の端正な顔立ちを見つめた。八戒のまつげが伏せられ、部屋の照明を弾くようにして艶やかに光った。
「いえ、ちょっと体調が……ここで、2泊できたら……いいなぁなんて……思っただけなんですけど」
 歯切れが悪かった。深い湖のような、緑色の瞳が神秘的に瞬く。どこか底の見えないその表情は、それ自体が妖しい謎のようだ。
「疲れちゃったんだね! 八戒。そりゃ、あーんなヒデー道、あーんな長い間、運転してりゃ、そーだよね」
 悟空が傍らから、助け舟でも出すかのように口を挟んだ。
「そーそー。俺サマも、もー野宿はたくさんよ。久しぶりに人間らしい生活したいぜ、せめて2日間くらいはさ」
 悟浄までもが口をそろえる。
 三蔵はサル河童を振り返った。紫暗の瞳が細められ、あきらめの光を浮かべた。
「……しょうがねぇな」
 最高僧の言葉に、サル河童が八戒の背後で舞い踊る。2日間は安楽な寝床にこれでありつけるというわけだ。
「……ありがとうございます」
 八戒はその唇に、艶やかな笑みを浮かべて礼を言った。その声は禍々しいほどの妖しい色香がにじんでいたが、三蔵にもその理由は分からなかった。
(クソ……)
 三蔵は思わず、八戒から顔を反らして横を向いた。
(何だこの気分は……イライラする……)
 なんともいえないモヤがかった不明瞭な思いが、胸中に湧きあがってくる。
 深い山の道中とは異なり、宿の外からは往来を行き交う人々の賑やかな声が聞こえてくる。
 安心してもいい、怪しむこともない、ごく普通の街へたどりついたはずなのに、何かがおかしかった。何かが狂っていた。
 部屋へと消える黒髪の男の後ろ姿を、三蔵は成す術もなく見送るしかなかった。



 そして、その夜。
「ペット可な宿でよかったですよね。ジープ」
 八戒は、部屋にジープを招き入れていた。既に風呂を浴びたらしい。黒髪が濡れて光っている。丸い雫が、その前髪から伝って落ちた。
「きゅ」
 ジープも嬉しそうに返事をする。
 八戒は、もうパジャマに着替え終わっていた。乾ききっていない髪をバスタオルでしきりにぬぐいながら、ジープを流し見た。
 シングル仕様だから、部屋はそんなに大きくはない。備え付けのトイレに風呂、一人用のベッドが部屋の真中に置かれ、壁に寄せるようにして、ドレッサーや簡易な小机があった。
 窓際には落ち着いた象牙色のカーテンがかかり、壁紙も同系色の柔らかい色で塗られていた。蔓草でも模したかのような細やかな模様がうっすらと描かれた壁は、花一つない無機的な室内にわずかばかりの彩りをそえていた。
 八戒は黙って壁のスイッチへ手をかけると天井のライトを消した。
 そして代わりに、ベッドサイドの灯りをつけた。吹きガラスの柔らかいシェード越しに白熱灯が光った。ほのかなあかりで、傍らのベッドがぼんやりと闇の中に浮かび上がる。
 八戒は、ベッドへと腰かけた。
「さて、もういいですかね」
 にっこりと微笑んだ。
「お待たせしましたね。ジープ」
 優しい口調でジープに話しかける。
「いらっしゃい……約束どおり、『ご褒美』  をあげないといけませんよね」
 艶やかな声でそう告げると、パジャマのボタンを上からひとつずつ外しだした。八戒の白い首筋や、しなやかな鎖骨が見る間に露わになる。部屋の灯りで、浮き出た陰翳が妙に艶めかしかった。
「今日はよく、働いてもらいましたからね。それに…… 『そういう気分』 なんでしょう? 」
 生乾きの黒髪が、額の上で重そうに揺れる。ほのかな明かりを反射して、綺羅々と光った。乾ききっていないそれは、硬質な輝きを備えていて、質のよい黒水晶を連想させた。
 ジープはその声に答えるように、うれしそうに小さく鳴いた。
「……どうぞ。ジープ」
 誘うように開いた胸元が艶めかしい。八戒の表情は、やや俯いている上に、部屋の明かりが薄暗くて定かではない。その行動は、どこまでも謎めいていた。



「はっ……ん……あ」
 ジープはむき出しになった八戒の下半身に顔を埋めていた。いや、正しくはその肉の屹立を長い舌で舐めまわしていた。
「ジープ……ジープ……ッ」
 八戒はベッドに座って大股開きでジープの愛撫を受けていた。両手で口を塞ぐようにして声を殺そうとしては失敗していた。ベッドのシーツの上でしなやかな足が震える。
 熱い吐息を乱しながら、八戒は足を開き自分の身を小龍へ捧げるようにして差しだしていた。
「くぅ……っ」
 ジープが的確な場所を舌で探るようにして愛撫する。八戒は身悶えた。
「あっ……あっ……あっ……」
 がくがくと腰が震える。身をよじってくねらす様子は淫らのひとことだ。
「きゅ」
 ぴちゃ、とジープの舌が鳴る。括れの、快楽の神経が集まる場所を、狙い済ましたように、爬虫類らしいざらりとした舌が這いまわった。
 ひどい悦楽が、いっそ陰惨なほどの快楽が、八戒の身を焼く。肉の幹から先端にかけて、電撃のような快美感が走り抜ける。
「ぐ……ッ……あ! ……ぅぐッ」
 八戒は瞳を見開いた。翡翠のような美しい目が涙で潤む。
 飽くことをしらない、執拗な愛撫に、下半身が蕩けて崩れそうだった。
「そんな……にした……ら」
 はぁはぁと、吐息塗れの声で八戒が喘ぐ。
「イッちゃう……ジ……プ」
 甘い、甘い声で愛龍の名を呼びながら、腰を震わせた。
 その時だった。
「あぐッ……?! 」
 身を貫くような衝撃に八戒が全身を痙攣させた。それもそのはずだった。ジープの長い舌先が、八戒の尿道口へ無慈悲にも差し込まれたのだった。
「はッ……あ! だめ……ジープッ……ジープッ……お願いッ……」
 口端から、よだれを滴らせて、八戒はジープに縋った。
ジープは全く飼い主の願いを聞き入れる気はないようだ。きらきらと光る大きな瞳で、哀願を繰り返す八戒を愉しそうに見つめている。
「くぅ……ッ」
 射精感を生殺しにされて、八戒が悶え狂った。必死になって叫んだ。
「ジープ……ッ……イカせてお願いッ……」
 生理的な涙が頬を伝い流れる。その腰が甘く左右にくねる。尻肉がぶるぶると震えた。卑猥な姿だった。限界だった。
「あ……」
 ジープの舌が唐突に外された。
 途端にせき止められていた快美感が腰奥を焼き、幹を伝って駆けのぼってくる。
「ああッ……ああっ……ジ……プ! 」
 八戒は躰を前に折るようにして、達した。
 開かされていた細いしなやかな脚に力がこもり、腱がかすかに浮き出る。シーツの上を足が滑り、悲鳴に似た音を立てた。
 突っ張ったまま、がくがくと脚が震え、腿が痙攣する。八戒の放った淫液は、ジープの躰にべとべとと、かかった。
 しばらくの間、声も出せず、強烈な快感に躰をわななかせていた八戒だったが、 小さい翼竜に、自分の精液をしとどに放ってしまったことに気がついた。慌てたように腕を伸ばす。
「あ……ジープ! 」
 しかし、心配は無用だった。
 見る間に、ジープはその体積や大きさを増したのだった。小さなスポンジが、水を吸って大きくなるかのような、瞬く間のできごとだった。
 龍はもともと、変幻自在な存在であると  『山海経』  にも記されているが、ジープも例外ではなかったようだ。あっという間に八戒とつりあうほどの大きさになった。
 長い首をもたげて、ジープが小龍のときと同じ仕草で八戒に甘えたように頭をすりつけてくる。狭い一人用のベッドの上で八戒とジープは躰を重ね合わせた。
「ジープ……」
 大きくなったジープを見て、八戒が諦めたように深々と息を吐いた。
「……ジープも……お年頃ですものね。仕方ないですよね」
 ジープの鱗のある肌がぬめぬめと蒼白く光る。八戒は、のしかかってくる愛龍を、あきらめたように受け入れた。







「ふ……ッ……ん」
 ジープが、交接しようと根元に鱗のある性器をねじいれてこようとするのに、八戒は無駄だと知りつつ腕を振り上げて抵抗していた。
「ダメ……ジープ……」
 発情したジープに、最初無理やり犯されたとき、八戒は全く不意をつかれた。
 そして、龍族の交接の仕方を心得た今でも、交わるのは負担が大きかった。何しろ大きい。
「無理……無理で……もっと……ゆっく……り」
 皮膜でできたジープの翼が上下に動き、部屋の空気をかき回す。
 太い怒張の先端からは、先走りの体液が滲み出して滴り、幹を濡らして光っていた。そのぬめりの力を借りるようにして、凶暴なそれを埋め込もうと躰を強引に進めてくる。
「はぁ……も……ッ」
 ひやりとした鱗の感触が、重ね合わせた肌に走って八戒は身を竦めた。ジープは飼い主の四肢を押さえつけるようにして、犯そうとしていた。
 知らない人がこの情景を見たら、龍に八戒が喰われているとでも思ったかもしれない。
 逃れようとして、白いまろやかな尻が振られる。そんな生贄じみた八戒の様子に、ジープの瞳が淫靡に細められた。龍の喉が鳴った。
 八戒は組み敷かれ、無理やりM字型に開脚させられている恥ずかしい格好だった。躰をずりあげるようにして、なんとか這い出ようと全身で足掻いていた。
 ジープが不満そうに高い声で鳴いた。その声だけは大きくなっても可憐だったが、いまやジープは可憐とは言い難い様相で飼い主である八戒を犯そうとしていた。
 とうとう、もう我慢できぬとばかりに、ジープが怒張を埋め込んできた。長くて太い、獣のペニスが、ぎっちりと奥まで差し挿れられる。声にならない八戒の悲鳴が夜の闇を裂いた。



「あ、あう……あぅ……ん」
 それは、妖しい情景だった。まるで、レダが白鳥に犯されている図を彷彿とさせる、神話的な情景だった。翼のある龍に、黒髪碧眼の整った顔立ちの青年が犯され、抱かれている。
「も……これ以上……は……無理……ッ」
 八戒は涙を流していた。龍の交尾は長い。もう、何時間繋がることを求められているのか、時間の感覚もなくなっていた。
 好き放題に、ジープは八戒を穿っていた。ひくひくと、躰の中で蠢く甘美な性器の感覚に、八戒は惑乱して仰け反った。
「ああ……はぁ……ッ」
 ぞろり、と肉棒が敏感な箇所を擦り上げてくる。
「ひぃ……ぅ……ッ……! ダメ……あッ」
 八戒は腰をくねらせて悦がった。淫靡な仕草で唇を舐める。よくてしょうがないらしい。
 ジープは立て続けに八戒の躰の上で腰を振った。残酷なほどに貪られる。八戒は龍の躰の下で悲鳴じみた悦楽の声をあげた。甘い甘い吐息が混じる。
「ああッ……イイッ……イイ……ジープ……ぅ……ッ」
 びくびくと突っ込まれている後孔をひくつかせて、八戒がのたうつ。嬌声が絶えることなく、その艶めかしい唇から溢れて漏れた。
 締め付けられて、ジープも限界だったのだろうか。躰を震わせると、八戒の奥底へと放った。
「ひぃ……ッ! 」
 八戒は龍に組み敷かれたまま、躰を仰け反らせた。生暖かい精液の広がる感覚に、自然に腰が震えた。
 ジープの放った精液は大量だった。通常、豚のような獣が交尾時に放つ精液の量は牛乳ビン一本ほどにもなるという。龍であるジープの白濁液の量も当然、相当な量だった。
「あ……あ……」
 八戒が目を見開く。強烈な感覚に腰奥が埋め尽くされ、焼かれる。それは噴出する先を求めて暴れ狂い、八戒の張り詰めたものを弾けさせた。
 内部が潤う感覚で、自分も逐情してしまったのだ。屹立を白い体液で汚しながら、あえいだ。
「はぁッ……はぁ……ッ」
 貫かれたまま、達してしまって息を荒げる。獣の情欲の犠牲になっているというのに、その淫らな躰は感じきっていた。白い裸身が朱に染まっている。
「ああ……」
 一瞬、躰を引こうとして叶わず、八戒はその端麗な眉を顰めた。獣と交わるときは、無理に抜こうと足掻くととんでもないことになる。雄犬と交わる女も味わう危険性を八戒も味わっていた。
 人間の男と異なり、人外であるジープの性器は、埋め込むと根元から密着してぴったりと鱗を逆立てるようにして膨らむのだった。無理に抜こうとすれば、密着した粘膜が剥がれてしまうに違いない。
 狼などもそうだが、獣の交尾時を狙って猟師が銃を撃つのは、この性質を逆手にとっているからだ。ある種の獣は繋がっている間、物理的に抜けなくなり身動きができなくなる。ジープとの交合もそれに似ていた。
 ぴくぴくと、放出しても力を失わない、肉棒が体内で暴れまわる感覚に、八戒は虚ろな瞳で耐えていた。喘ぎ過ぎて、いまやその喉はかすれ、枯れかけている。
「あ……もう……おねが……い……ジ……プ」
 もう言葉が声にならない。唇が呟きを綴る形に動く。
 感じ過ぎて、肌のどこを触れられても悶え狂ってしまうような状態にまで高められた躰が淫靡に震えた。熱い呼吸音が空気を震わせる。
 ジープはそれに応えるようにして、八戒の躰に巻きついた。
「あ……! 」
 よく、龍が柱に巻きついている装飾を中華風の建物で散見するが、ちょうどそんな感じで、ジープは八戒に巻きついた。
 当然、長大なペニスは突き入れたままだ。達しきって、力の抜けた八戒のしどけない躰を、優しく抱くように締め上げた。
 実際、それは龍族の交尾の体位において、最終形態だった。
 龍族は、交尾が佳境に入ると、このように絡みあうのだ。その様子は、しめ縄によく似ている。そう、神社のしめ縄は、それこそまさしく、この神秘的な龍や蛇の交尾の様相を抽象化して表現しているのだ。
 神秘的な螺旋の交わり。底なしの渦に似た恍惚境。蛇や龍はこうやってお互いを長時間に渡って貪りあう。もの凄い精力だ。
 凶暴な性器で穿たれたまま、八戒が喘ぐ。精液で満たされた内部をかき回すようにされて、身も世もなく腰をくねらせた。ジープが打ち込んでくるのに合わせるように尻を揺らした。
「ああ……また……僕も……ッ……イク……」
 口端から、唾液が光って滴り落ち、敷布に染みを作る。しかし、もう淫らな自分の格好など構っていられないほどに追い詰められていた。淫靡に染まった肌を震わせて、八戒は龍の下で喘ぎ、悶え狂った。
「あ……ッ……もう……」
 長時間に渡る交尾の相手をさせられて、八戒も限界だった。龍に巻きつかれたまま、気を失った。脳髄を真白く焼き尽くす、快楽の彼方へと意識が連れ去られる。
 憔悴するほどに貪られ、躰を犯され尽くされた。確かにこれでは明日1日中、身も心も、何も使い物にならないに違いなかった。




「……ッ」
 玄奘三蔵は、寝台の上で目を覚ました。既に朝の光がさんさんと部屋の中に差し込んでいる。
 じっとりと全身に汗をかいていた。思わず、眼前に片手をかざし、自分がどこにいるのか確認する。長い指、銃を扱う骨張った手は、確かに三蔵自身の手だった。
(夢か……)
 三蔵は深々と息を吐いた。うつつとはとても思えぬ、妖しい夢を見てしまったのだった。
(クソ……よりによって……なんてぇ夢だ)
 それは奇妙な夢だった。いつも一行の為に車に変化してくれる心優しき小龍が、よりにもよって八戒と交合しているという奇妙な夢だったのだ。
(馬鹿馬鹿しい)
 三蔵は自嘲に唇を歪めると、寝台から降りた。
 爽やかな朝だった。薫風にのって花びらが窓から舞いこんでくる。
 寝乱れた寝台を振り返りもせず、三蔵は部屋のドアを開けた。なんだか落ち着かなかったのだ。
すると。
 廊下に黒髪痩躯の青年が立っているのを見つけた。パジャマ姿でたたずんでいる。朝の光すら、彼の前では無粋に見えるほどの端然とした姿だ。
 見つめ続けていれば、その端麗な顔立ちだけが、目に焼きつき、他の記憶など抜け落ちてしまいそうな、危うい美だ。

 八戒だった。

「なんだ。どうした」
 三蔵は内心、ほっとして声をかけた。この男に関する、不思議で妖しく淫靡な夢を見ていたことが少々後ろめたかった。心なしか、早口になった。
「いえ、少し喉が渇いてしまって」
 八戒が目尻を下げて笑った。いつもどおりの穏やかな笑顔だ。水を飲みに、洗い場にでも立ち寄るところだったに違いない。
「……? 」
 しかし、三蔵は眉根を寄せた。
「おい、お前、ちゃんと昨日は寝たのか? 」
 八戒のまぶたは少し厚ぼったかった。それは泣いた後のようで色っぽかった。
「ええ。もちろん。ぐっすりと休ませて頂きましたよ」
 答える声もどことなく、かすれている。悲鳴を上げ続けた後のようだった。情事の後のように、どこか気だるげで、憔悴しているようにすら見える。そのくせ、肌は艶々と濡れて光っていた。
「……そうか」
 違和感はあったが、本人が 『眠った』 と言い張るのなら、それ以上の詮索はできなかった。
「心配して下さってありがとうございます。後で食堂に行きますから」
 軽くうなずくその仕草はいつもどおりの八戒で、三蔵は瞬間わいた妖しい疑念を無理やり振り払った。
(馬鹿な。アレは夢だ)
 確かに夢に違いなかった。龍と人が交わるなど、悪い夢にも程がある。現実にあるわけがない。
 三蔵は苦笑して、八戒に背を向けた。

 そのときだった。
 八戒の肌から、光り輝く何かが、落ちて床に転がった。
 それは、
 貝殻によく似た、丸い鱗(うろこ)だった。
 廊下の床に、夢の残滓のように転がり、幻の具現化を主張するかのように妖しく虹色に光った。

 どこかで、ジープの鳴く高い声がした。


 了