注意事項: 異世界、トリップ、チート、ハーレム、主人公最強、エルフ、ハリセン、全身タイツ など
「三蔵ッあぶない! 」
八戒が叫ぶ。
「ぐっ! 」
その瞬間、俺は
敵の罠にはまり違う世界へと飛ばされた。
そして、
目が覚めたら玄奘三蔵になっていた。
「なん……だと」
まんまじゃねーか。
なんだこの 「小説家になろう」 みたいな設定は。思わず俺はうなった。頭上に広がる大空へと手を伸ばす。太陽がまぶしい。手の輪郭が血の色に透けて見える。
「こいつは」
いつのまにか肩には緑色の布で縁取られた経文がかかっている。おなじみの魔天経文だ。袖の長い白い僧衣を身につけ、金色の袈裟をまとい、黒い革のブーツを履いていた。
「ホントのホントにまんまじゃねーか! クソッ」
異世界なのにいつも通りの服装だった。思わず俺はどなった。ああ、なんということだろう(棒読み)。転生しても俺は 「三蔵」 のままなのだ。まぁ、どうでもいいことだがホントに意味不明だった。転生した意味あんのかこりゃなんだこりゃ。
「意味ねぇな。チッ……ああ、タバコはあんのか」
ふところを探り、マルボロを取り出してほっとした。シケてやがる。森の梢を揺らして風がとおりすぎる。そんな中、俺は座り込んでタバコに火をつけた。
「チッ」
ふーっと白い煙を吐き出す。なにがなんだかわからねぇ。足元では柔らかい草が風を受けてそよぎブーツを撫でている。
「おい、悟空」
森は深々として何も答えない。暗い木々の奥に、あのバカザルがいるとも思えねぇ。
「悟浄」
俺はあの軽薄なバ河童を呼んだ。しかし、返事はない。
「……八戒」
緑の目をしたジープの運転手を呼んだが、もちろん応えなどなかった。
「チッ」
俺は何度目かわからない舌打ちをした。やれやれ、バカどもを探しにいかないといけないときた。本当に面倒くせぇ。
森は鬱蒼として、昼だというのに暗い。
「助けてぇ! 竜が! 」
バカでかい竜のヤツが暴れているのが見えた。エルフどもがおろおろしている。
「……魔戒天浄! 」
一撃必殺。竜の野郎はブッとんだ。
「きゅー! 」
ん? 一瞬この竜、ジープに似ている気がしたが気のせいか。んなわけねぇな面倒くせぇ。
竜は長い首を伸ばして倒れて勝手にひっくり返ってやがる。バカでかいが色が白いところと羽のあたりなんかがなんだかジープっぽく見える。うーん。クソやべぇ。八戒に知られたら殺される。逃げろ。
「す、すごい」
「な、なんて強い……! 」
「あ、ありがとうございます。どうか、村でお礼を」
下等なエルフどもが土下座する。てめぇら近寄るんじゃねぇよ。この俺の白い僧衣が汚れるだろうが。
「礼には及ばん。無事でよかったな(棒)」
耳のとがったエルフどもがなんか言っているが、面倒くさいのでとりあわなかった。
「このお方は間違いなく大魔法使い、大魔導師だ! 」
エルフどもが俺の前で大喜びしている。
はァ? 魔法使いだ? ふざけてんじゃねぇよ、俺は昔から北方守護者で通力無比の玄奘三蔵だ。 知らねぇのか、この下等生物どもが。
くっだらねぇ、死ねてめぇら(※ 関俊彦声でお読みください)
「フン」
耳をほじってそのまま、後にすることにした。
とにかく俺はバカな下僕どもを探さないといけない。そのことで頭がいっぱいだった。ったく。やつらが俺を探しにくるのが筋じゃねぇのかなんだってこの俺様が探さないといけないんだバカどもが何してやがる油売ってんじゃねぇよ。絶対怒鳴りつけてハリセンでギタギタにブッ倒してやる。
そう思うと、額にいくつも青筋が浮いてくるのを自分でも感じた。ったく。あの野郎ども、蹴り倒してやる絶対に殺す。
イライラした気分でブーツを履いた足を森の奥へ進めると、
「あ、あの」
「ん? 」
先ほど助けたエルフがまだ足元にいた。俺は眉を跳ね上げた。
「そ、その奥には妖怪がいます」
「あ゛?! 」
思わず、不機嫌な声が出た。うぜぇ。消えろ、この俺様に意見すんじゃねぇよ。下等生物ごときが邪魔すんじゃねぇ。
「それ以上、森の奥へ行かれると危険です。その奥にいる妖怪どもはとにかくひどい。姉を殺されて逆上し、妖怪を千人殺したんです。凶悪な大量殺人者ですよ」
俺はそれを聞くと、黙ってスタスタと歩いた。
「あ、あの」
エルフの声が背後から聞こえるが、返事すんのも面倒くせぇ。とにかく、この奥には俺の下僕のひとりが間違いなくいる。俺は黙って確信した。想像しただけで額にビキビキ血管が浮いてきた。
深い森の奥の奥、木々までもが変異して朽ちるかと思われるような果ての果て。俺はツタの絡まる枝をはらいのけた。そのとき、
「誰かー! 助けてええええ」
野太い男の悲鳴が響いた。……聞きたくねぇ。絹を引き裂く悲鳴っていう表現があるが、こちらはさしずめ化繊を引き裂くような悲鳴だ。いやこいつはナイロン100%だ。間違いない。
「ははははは、僕から逃げられるとでも。逃がしませんよ悟浄」
「あーれーぇ」
悟浄が八戒に迫られてる。いや、なんか八戒が手に何か持って追いかけてる。
何やってるんだ、こいつらは。
「やめろよ八戒ッ、どーしちまったんだよ悟浄を離せよ! 」
茶色い髪をしたサルが何かいってる。このファンタジーな異世界で剣の代わりに如意棒を携え、首に黄色いマントを巻き……って、てめぇも変わってねぇな俺と一緒じゃねーか、悟空のヤツも全然、異世界だってのに格好変わってねぇ。
しかし、八戒は
「ははははは。悟浄ッ、いやよいやよも好きのうちですよ! 」
変人全開で何か言ってる。こいつは……いったいどうしちまったんだ。しかもこの野郎、全身黒タイツだ。黒タイツなんざ着てやがる。
「悟浄もこのタイツを着てくださいッ。これで貴方も全身黒タイツですよ! 」
八戒の野郎、イッちまってやがる。目が血走ってる。相当だ。
どうも、八戒が持ってるのは全身タイツの仮装衣装らしい。ご丁寧にもチュチュまで持ってる。どっから出したんだ、そんなモン。ジープの野郎はどこいきやがった飼い主を止めろ。って俺が倒したのか(忘れてたチッ)
「かんべんしてよお前ってば何を言っちゃってんのよ」
これには俺も悟浄に賛成だ。この黒髪の運転手は異世界に転生したときに、頭の打ち所がどっか相当、悪かったに違いない。
「貴方には前々から、全身タイツが似合うと思っていたんですよ。せっかく、異世界にきたんですからね。このくらいのかっこうをしておきませんと示しがつきませんよ。エルフとかドワーフとかオークとかにね(余計な知識) フッ(上から目線) 僕は確かに貴方が暴走しても殺せませんが暴走してない貴方のことなら全力で殺せそうな気がすごくしますよ! 」
目がすわってる。黒タイツを着て白い歯を光らせて笑ってる。凶悪な笑顔だ。……八戒、お前ホントに何してるんだ。俺は思わず、その耳にちゃんとカフスがはまってるか確認した。それくらいこの男はキレッキレだった。
「だーかーらーおまええええ、何ィ言ってンの! 」
基本的に常識人の悟浄が眼を剥いている。革製のジャンパーをつかまれ悲鳴をあげ、親友の手を振り払おうと必死だ。もう少しで脱がされそうだった。すね毛がのぞいている。俺は珍しく河童に少し同情した。
「はっかいー落ち着いてー」
悟空が困ったように叫ぶ。仲間相手に如意棒をふるうこともできず、おろおろしている。
「チッ」
俺は青ざめながら舌打ちした。こんな展開は予想外だった。
バカどもが更にバカになっていた。ほんとにバカが感染しそうだ。インフルエンザA型より感染力が強そうだぜホントバカだこいつら近寄りたくもねぇ。
でもしょうがねぇ。俺は面倒くせぇしイヤだったが気合をいれた。下僕どもの管理は最高僧であるこの高貴な俺様の役目だ、しかたがねぇ。
「てめえら、ホントに死ね! 」
袖のたもとからハリセンを出して叱りつけた。
スパーン、スパーン、スパーン。
白い閃光が走る。バカどもめ手間かけさせやがって仕置きだ。下僕三人は消しズミみたいになりやがった。ちっ。叩いてるこっちの手が痛てぇてんだ。クソ。
「い、痛ってえええええ」
河童が泣いた。いい気味だ。
「痛いよさんぞー! 」
悪ィ。こらえろ。食後の運動だと思え。
「はっ! いままで僕はなにを」
ようやく正気に戻ったらしい。八戒が頭を抱えている。
ま、ともかくやつらはいつもどおりになった。
「チッ」
つまらねぇものを叩いちまった。ほっとした俺は懐のタバコを探した。
「ったく」
ホント一服しねぇとやってられねぇ。ひでぇ世界に飛ばされたモンだ。俺の指が硬い紙箱にたどりついたとき、背後から声がした。
「……三蔵」
耳朶にねっとりとからみつくような……声だった。
「かっこいい! 三蔵ッ抱いて!」
がばっ。
突然だった。
ちょっと待て。黒髪の男に後ろから抱きつかれて俺は目を剥いた。背後から白い衣を両手でわしづかみにされている。思わず俺はマルボロの箱を握りつぶした。
「てめぇ」
なんだ、この展開は。背筋に冷たい汗が落ちる。いやな予感がした。
「さんぞー!」
悟空までもが抱きついてきた。サル、てめぇどういうつもりだ。頬にキスとかしてくんじゃねぇ。気持ち悪い。
「三ちゃんッ」
バ河童までもが俺の足にしがみついてきた。
「……悟浄ッ離れろてめぇ。気色悪ィ何しやがる」
俺ははりついてくる下僕どもを引き剥がそうとあがいた。青ざめた。さんざん蹴って悟浄をぶちのめすが、赤い髪のエロ河童はうれしそうだ。悟浄も八戒もどちらも180cmくらいはある。とんでもねぇ。
ぐちゃぐちゃだった。何がなんだかわからない。そんなひでぇありさまだった。
そんなときだった。頭の上から救いにも似た羽ばたきの音がした。軽やかな翼の音だ。
「きゅー」
ジープだった。いつの間にか、傍に来ていたらしい。
「きゅ? きゅー! 」
地獄に仏とはこのことかもしれねぇ。まだ、まともなのが残ってた。
「きゅーきゅー!!! きゅーきゅ!!! 」
しかし、ジープは何か怒っているらしい。表情でわかる。この俺に抗議してきやがる。でも今はそんなときじゃねぇ。
「ジープ。さっきやったことは俺が悪かった。あやまる」
「きゅー! きゅきゅきゅきゅー! 」
やっぱり、さっき俺が魔戒天浄かましたのはジープだったらしい。
「許せ。謝るから、このバカどもを止めろ。なんなら車に戻って轢いちまってもいい。俺が許可する」
「きゅ? 」
ジープは小首を傾げた。楽しそうな鳴き声だ。どうも俺が下僕どもと楽しく遊んでいると思っているらしい。とんでもない話だ。
「…………」
俺は眉をひそめた。いやな予感しかしない。
この世界は、何かがおかしい。たもとへ手をいれてさぐる。それだけが真実とばかりに、ハリセンの硬い持ち手の感触があった。
背の高い下僕ども、赤いきつねと緑のたぬきに前から後ろから抱きつかれ、足元にはつぶれまんじゅうみたいのがすがりついている。そんな状態で俺はなんとかハリセンを取り出した。
「許せ」
スパーン。俺はジープをハリセンで叩いた。叩きのめした。どうしても確かめておきたいことがあった。
「きゅー! 」
ジープは突然のことで、よろよろと地面に落ちた。ちょっとかわいそうなことをした。一瞬、俺は反省したが、
「きゅ……」
恐れていたとおりの反応がおきた。
「きゅー! きゅきゅきゅきゅきゅー! 」
白い小竜は、すかさず俺の顔面にはりついてきた。
「ジープ! てめぇ! 」
小さい頭をすり寄せてくる。仕草はかわいいがこれは。
「あ! ジープ! 抜け駆けすんなよな! 」
「そうそう。三蔵はみんなのものですよ」
「サカってんじゃねーぞケダモノが! 」
俺の身体にしがみつき絡み付き、貼りついている周囲の下品な下僕どもから声が飛ぶ。
「こいつは……」
俺は愕然とした。どうもこの世界で俺がハリセンで叩くと、俺のことを好きになってしまうらしい。
いや、違う。好きになるなんて生ぬるいモンじゃねぇ。発情してやがる。
「ふざけんな! なんだこの世界は! 気色が悪いッ」
俺は思いっきり叫んだ。悲鳴に近い声になった。どうしようもない。非常事態、いや異常事態だ。
「俺ぇ、お前相手なら、下になっても……いいぜ」
悟浄に囁かれて青ざめる。き、聞きたくもねぇ。全身に鳥肌が立った。
「ずるいですよ、悟浄。ひとりじめなんて」
八戒が色気たっぷりに鼻にかかった声で甘えてくる。そのしなやかな腕を首に回された。悟浄が唇を寄せてるのと反対側の耳をぺろ、とピンク色の舌先で舐められる。
「…………! 」
かんべんして欲しかった。
「さんぞー俺もさんぞースキ! 肉まんよりもミカンよりもー!さんぞーが! だいすき! 」
腰のあたりに小猿が抱きついてくる。落ち着け、サル。てめぇなんざは肉まんが好きでちょうどいいんだ。くそちょっとかわいいじゃねぇか。
「きゅー!」
頭のあたりにジープがしがみつく。竜の言葉でこの俺サマに愛の言葉をささやいているらしい。
「きゅ、きゅきゅ、きゅ、きゅ」
だから分からねぇんだ。
「きゅ、きゅうーきゅきゅきゅきぃうきゅきゅk」
だから分からねぇんだってんだろうが、いいかげんにしろ。
「ああ、さんぞ、大好きですよ」
悩ましい声で八戒が背後で喘ぐように言う。
「俺だってー!」
サルがわめく。
「三ちゃん……俺とベッドいこ、すぐいこ、今いこ、とにかくいこ」
エロ河童がその切れ長の目をいいことにむちゃくちゃ流し目をして口説いてくる。ぶっ殺してぇ。
「どっか……も、青姦でもいいぜ……俺ンこと抱いて」
もう、俺の我慢が臨界に達した。ここはカオスな世界すぎる。みんな狂ってるとしか思えねぇ。ハーレム世界だ? 主人公最強設定だぁ? し ら ね ぇ よ。クソ野郎ども。こんな世界は願い下げだ、本当にいらねぇ。消えうせろ。
とどめのように、悟浄の吐息が耳にかかったとき、俺の堪忍袋の緒がとうとうブチ切れた。
「魔戒天浄ッ!!! 」
俺は後先も考えずに叫んだ。周囲の全てが白く発光して蒸発してゆく。
目の前で全ての有機物が炭化する。燃焼して酸化し、そして生きとし生きるものはこの世から滅する。
世界は、消えた。
「あっれェ? お帰りなさーい♡ 」
目を開くととぼけた男の声がした。若くもなく、かといってそれほど年でもない。落ち着いた、成熟した男の声、そのくせどこかわざとらしい。
「お早いお帰りで。おっかしいなァ、無天経文ライトノベルバージョン。おもしろくなかった? 」
いつの間にか。
俺のそばにカラスに似た男がタバコを手にして座りこんでいる。メガネをかけた顔つきは端正だが表情がひどく邪悪だ。俺と同じ三蔵法師の僧衣を着て、肩にかけた経文が日の光を受けている。
「うーん。変だなー」
目を覚ました俺を見て不思議そうに首を傾げている。俺の目の前で指をひとつひとつ折りはじめた。
「 けっこう頑張ったんだけどなー、異世界、トリップ、チート、ハーレム、主人公最強……ウケる要素満載だと思ったんだけどなァ」
メガネのレンズ越しの黒い瞳で俺を見つめ、頭をふっている。
「おっかしいな。この設定のファンタジー世界なら、キミでもずっと術にかかっててくれると思ったのに」
ぼりぼりと、頭なんざ掻いてやがる。見ているうちに段々、俺は腹が立ってきた。
「ひきこもりニートにウケる設定で俺に術をかけてんじゃねぇ、この野郎」
思い切り怒鳴った。目を覚ますに決まってるだろうがふざけやがって。
「うーん。分かった。今度は 「玄奘三蔵サマ特別仕様」 で特定の相手にモテモテな設定にするから! 」
「うるせぇ! 」
何、考えてやがる。てめぇバカなんじゃねぇのか。
「はぁーい♡ 無天しまぁーす♡ 」
「だから! そういう使い方じゃねぇだろ無天経文は」
俺はキレた。本当にこの烏哭とかいうやつ、ろくなヤツじゃねぇ。殺す。
「なんかさー全てを無に返すとかさー超つまんなくない? 」
ヤツは根本的すぎることをぼそりと呟いた。
「俺に聞くんじゃねぇ俺に! 」
そういのはかずやとかに言え。
「もっと創造性っての? そういうのがさー欲しくない? 」
そりゃ、わからなくはないがどうにもならないことをヤツは言った。
「だから俺に言うな俺に! 」
「キミの持ってる、聖天経文とか魔天経文とかさァずるいよネェ。うらやましーい」
「小学生かてめえは」
すっかり収拾がつかなくなった。
「無天しまぁーす♡ 」
ちょっと待てちょっ
終