「ガタガタ言ってんじゃねぇ。今すぐ死ね」
三蔵は酒場で銃を突きつけていた。
「ひぃいぃいぃ!」
間髪いれずにS&W‐M10の撃鉄を起こす。非情な金属音が店内に響いた。
「わめくなゲス野郎」
相手の額へめり込むように銃口を押し当てる。
「た、た、たいした、たいしたことはしてない。本当だ」
カウンター仕立てになったバーの向こうで悲鳴があがった。
金糸のような髪、夕闇を思わせる瞳、端麗な容姿。至上の天使と同じ要素で三蔵の外見は構成されている。
しかし、その華麗さとは裏腹に血と硝煙の匂いを、全身から漂わせていた。だから天使といっても告死天使だろう。
店内は木目調の落ち着いたつくりだが、今やその床は割れた酒瓶で足の踏み場もなかった。鬼畜最高僧が怒りに任せて叩き割ったのだ。
「汗を垂らしてんじゃねぇよ。銃につくだろうが。汚ねぇ」
三蔵が酷薄な調子で言う。確かに店主は脂汗を流していた。
無数のガラスの破片が床に散らばり、明かりを反射して安い水晶のようにきらめく。こぼれたアルコールの匂いで息が詰まりそうだ。他に客はいない。騒ぎでみんな逃げ出したのだ。
「三蔵。本当にたいしたことないです。ちょっとくらくらするくらいで」
八戒はテーブルの上に身体を起こし、自嘲するように微笑んだ。かたわらの悟浄といえばとっくにのびていた。完全に寝ている。
三蔵が見たところ、大丈夫だといいながら、八戒も全身に酔いが回っている。立てないようだ。
「くっだらねぇ真似しやがって。酒に薬を混ぜるとはいい度胸だ」
三蔵は吐き捨てるように言い、酒場の主人へ向き直った。銃口を突きつけたままだ。動きに隙がない。主人は思わずすくみあがった。
客商売を長年やっている者の嗅覚で、彼は三蔵がその美貌や僧形とは裏腹に危険な人物だということを素早く見抜いたのだ。
確かに三蔵の殺戮に慣れきった仕草は、ある種の美しい肉食獣を連想させる。紫色の眼をした華麗な美獣だ。
店の主人が恐怖のあまり、思わず三蔵の足元に土下座した。次の瞬間その頭に間髪を入れず、三蔵の蹴りが炸裂する。相手はうめき声も上げずに顔面をしたたか床に打ちつけた。鼻の骨の折れる乾いた嫌な音が響く。
酒場の主人を再起不能にしておいて、三蔵は八戒の方を振り返った。
「なにがたいしたことないだ。それがたいしたことないってザマか」
普段は多少の酒などでは酔わない八戒だったが、さすがに薬には勝てなかったようだ。今にも意識を飛ばしてテーブルに突っ伏しそうな様子でよろめいている。
炭酸の泡で見えなかったようだが、手元のグラスには白い薬剤の粉が薄く沈んでいた。
酒場の主人が混ぜ物をしたのだった。薬で動けなくしておいて男達に売り飛ばそうと思ったのだ。
確かに八戒ほどの美形なら欲しがる連中は山のようにいるだろう。高値で取引されるに違いない。しかも旅行者だ。きわめて後腐れのない存在だった。人買い連中にとって八戒は、まさにうってつけの獲物だ。
運が悪いことに、悟浄と八戒が立ち寄った酒場は、実によろしくないところだった。
「ったくなかなか戻ってこねぇから、なんだと思って来てみれば」
「まぁまぁ三蔵」
こんな事態だというのに、どこか危機感の薄い笑顔で、黒髪の男は三蔵をなだめた。
自分の身に降りかかろうとしていた、おぞましい運命のことをよく分かっていないようだ。
もっとも、酒と薬に酔っていて判断能力がまともでないのかもしれない。酒と睡眠薬を同時に飲めば、中枢神経に相当な負荷がかかる。
「おかげさまで、僕も悟浄も無事だったんですから、いいじゃないですか。もう行きましょう」
八戒は頼りない足どりで立ちあがり、三蔵へ微笑んだ。しかし、それは長くもたなかった。そのまま気を失うようにして、その場に倒れかける。
「おい! 」
三蔵は危うい所で八戒の身体を、その腕に抱きとめた。
「……ここは」
「気がついたか。もう心配ない」
目を開けるとそこは宿の部屋だった。八戒はベッドに寝かされていた。三蔵が苦労して八戒を連れ帰ったのだ。
窓からは煌々とした月明かりが部屋を蒼白く照らしている。ひどく幻想的だ。
三蔵は水の入ったコップを差しだした。ベッドに上体を起こして八戒が受けとる。
「さっきはありがとうございました」
コップを受けとりながら、ふわふわとした笑顔で礼を言った。
「動けなくなっちゃった。おかしいな、お酒に酔うってこういう感じなんだな。なんて思っていたら、あなたが現れて……びっくりしました」
くすくすと笑った。笑い事じゃねぇだろうがと、怒鳴りつけたい三蔵だったが、なんとか抑えた。
八戒はいまだに酒と薬が抜けきってない。陶然とした表情で三蔵を見ている。
「これからは自重しろ。ったく遠足じゃあるまいし。こっちはお前達のお守りする気はねぇんだ」
素っ気無く三蔵は言った。そして、言葉とは裏腹な優しい手つきで八戒に毛布を掛けようとした。
すると。
「ああでも今夜は月夜ですね。あなたみたいだ」
黒髪の男は突然、脈絡の無いことを呟いた。窓の外では満月を少し過ぎたくらいの月が空にかかり、どこか妖しい光を放っている。
今夜の八戒はやっぱりおかしい。薬のせいだとしても捨ておけなかった。
「月がなんだって? 」
酔っ払いの戯言だと知りながら、三蔵は八戒に聞きかえした。
「あなただって言ったんですよ」
八戒が幼い子どものような笑顔で笑う。無邪気で目に毒な笑顔だ。
「なんのことだかわからねぇ」
「だから、あなたは、僕にとって月みたいなものなんですよね」
「月ィ? 」
いぶかしげに三蔵の紫暗の瞳が細められる。
八戒はふわっとした白い花のような笑みを浮かべ、相変わらず三蔵をまっすぐに見つめている。その艶やかな濃緑色の瞳に見つめられると、所在無い気分にさせられる。三蔵は自分から目を逸らせた。
「なんで俺が月なんだ」
落ち着かなくなって、仕方なく傍らに置いたマルボロへ手を伸ばした。今夜の八戒はどこか上っ調子だった。相手に困った。
確かに金糸のような髪を揺らめかせ、月光の下で紫煙を燻らす三蔵は月の化身と見まごうばかりだが、本人には自覚などなかった。この男の本質は、常にその手にもつ銃のように機能的で実際的だったのだ。
「だって、あなたは絶望していた僕を救って名前を与えてくれたじゃないですか。闇夜に突然現れた月みたいに僕の道を照らしてくれて」
八戒はコップの水を飲み干した。官能的に鳴るその喉を思わず見つめてしまう。
くすくすと八戒が笑った。酔っている。いや酔っているというよりも、アルコールと薬の作用で理性が麻痺し、いつもは隠しているものが、むき出しになってしまったという風情だった。
やたら素直な口調で八戒は三蔵への称賛を口にしている。
「だから僕にとってあなたは大切な月そのものなんですよ」
八戒はそう言って再びふわりと微笑んだ。綺麗だった。
三蔵は、どこかで自分の理性が焼き切れた音を聞いたような気がした。無防備すぎる今夜の八戒に、もう我慢などできなかった。
「要するに、俺は口説かれた。そう思っていいんだな」
「え?」
驚いたように綺麗な瞳を見開いた八戒に三蔵は口づけた。ベッドをきしませて八戒の上へとその身を乗りあげる。
「三蔵……?!」
「据え膳食わねぇ訳にいかねぇだろう」
「何言ってんですか。バカ……!」
返事もせずに三蔵は八戒の唇を自分のそれでふさいだ。
「あ……」
気がつけば、八戒は衣服をはぎ取られて口づけられていた。何度も角度を変えて交わされる甘い口づけに蕩かされそうだ。
ベッド近くの床には二人分の脱いだ衣服が乱雑に散らばっている。窓の外から月の光がそんな二人の姿を黙って照らしていた。
「駄目……です……さん……」
「黙っていろ」
八戒の緊張を解くために全身に口づけの雨を降らせた。三蔵の金の髪が八戒の素肌に踊る。
三蔵の唇が走る度に、紅い花のような跡が八戒の肌についた。段々と下肢へと進むその動きに耐えられず、八戒は三蔵の頭をなんとか引き上げようとあがいた。
「や……! 」
三蔵は抵抗する八戒の手を叱るようにとらえた。両手で押さえつけてその動きを封じる。
「ひ……」
三蔵に下肢を舐めあげられて八戒は身を捩った。初めての感覚だった。
先走りが涙を流すように滲み出ている八戒のそれへ三蔵は優しく口づけ、音を立てて舌で愛撫しだした。まるで棒状の飴のように舐めすすられて八戒が羞恥に全身を染める。
「…………! 」
八戒は脚の間にある三蔵の躰を脛で叩くようにして抵抗する。しかし、三蔵は意に介さなかった。
いまや八戒は躰を無理やり開かされ、三蔵に好き放題にされていた。八戒の躰には、まだ薬や酒が残っており、抵抗するにも上手く動けない。
それどころか三蔵が与える快感を片端から敏感に拾ってしまっていた。三蔵は舌で丁寧に舐めあげて、八戒の劣情を引きずりだした。ぴくぴくと震え、すっかり張りつめてしまった八戒のソレを指で弾く。
「結構イイみたいじゃねぇか」
八戒の耳元で淫蕩に低く囁いた。
そんな声にも感じてしまう。自分自身に八戒は驚いていた。聴覚までもが三蔵に犯されている。八戒は過敏になってしまった自分の躰についていけず、すっかり振り回されていた。
現実感が無かった。三蔵にこんな風に抱かれようとしているなんて。男性同士の性愛など想像もしていなかった。八戒は三蔵の愛撫に素直に反応する自分の躰に驚いていた。
「あ……!」
三蔵は口を離した。ちゅぼ、と卑猥な音が立って外れる。八戒の屹立は嬲られて、とろとろと透明な淫らな汁を垂れ流している。それに三蔵の長い指が這う。優美な指でそれを扱きあげるようにする。
「ああッ」
八戒がわななき、全身を紅潮させる。悦楽に耐え切れず身を捻り、快楽を逃そうとして失敗する。
三蔵が八戒の前を扱きながら後ろの蕾に舌をすべらせると、たまらず躰を反らせて引きつるように痙攣した。
「ひぅッ! 」
強烈な快感だった。
前と後ろ同時に、淫らな感覚が走り抜ける。腰奥から熱いものが込み上げて疼き、背筋を甘く痺れさせる。
「許して……許して下さい……さん……ぞ……どうしてこんな」
「初めてなのに敏感だな。やっぱり素質だなお前」
局部を舐め啜りながら言う、くぐもった三蔵の声が生々しい。八戒は羞恥からか目元を朱に染めた。しなやかな躰が慣れない快楽におののいている。
潤したそこへ、三蔵は長く節の立った指をいれようとした。途端に八戒の躰が抵抗して跳ねる。
「いや! それはいやで……」
暴れるのを押さえ込んで、無理やり指でかき回した。嫌がって仰け反っていたが、段々と羞恥や嫌悪とは異なる快感に侵食されてきたのか、熱い粘膜が蕩けだす。甘い悲鳴があがった。
「ああッんんッ」
少しずつ内壁が柔らかくなって、とろとろと崩れてゆく。三蔵は口端で微笑むと指を増やしていった。
「あ……」
淫虐の度合いが増していく。耐えられぬ未知の感覚に八戒は怯えていた。
そのくせ、三蔵の指が内壁のある一点を擦りあげると、電撃に似た強烈な快楽に打ち抜かれて躰を震わせた。自分から腰を淫らに揺らしてしまう。八戒の無意識の媚態に、すっかり三蔵はあてられていた。甘い声で名前を呼んだ。
「八戒……」
捕らえたはずが、いつの間にか自分の方が捕らわれている。
昼の品行方正な姿からは想像もつかない。八戒の閨での可憐ななくせに淫らな反応。初々しい八戒に憐憫の情がわかないわけでもなかったが、とても我慢などできなかった。
汗ばんだ八戒の額に軽く口づけ、三蔵は自分の猛ったものをあてがった。八戒が本能的にこれからされることを察して身を竦ませ逃げようとする。そうはさせまいと押さえこんで無理やり貫いた。
「…………! 」
衝撃に緑色の綺麗な瞳から涙があふれる。歯を食いしばっている。噛みしめていないと叫んでしまいそうなのだろう。
「あ……!」
「力を抜け、歯を食いしばるな。無駄な力が入るだろうが」
三蔵に言われても、こうした性的な行為に不慣れな八戒は戸惑っている。先ほど解されたというのに未知の感覚に再び身体が強張ってしまう。
三蔵の熱い切っ先が入ってくる感覚にすくみ、小刻みに震えている。経験のない初心な身体だった。三蔵は八戒を優しく抱きとめた。食い締めた唇を解こうと、無理やり口を開かせて歯列を割って深く口づける。
舌を強く吸われ、食べられてしまうような行為にお互いの脳が痺れる。飲みきれないどちらのものともつかぬ唾液が八戒の口端からこぼれ、おとがいを伝ってシーツを濡らしていった。
「ふ……」
少し躰から力が抜けたところを見計らったように、三蔵が赤黒い怒張を奥へとねじいれた。
八戒の口から悲鳴が上がった。
かまわず若魚のように跳ねる躰を押さえこみ、三蔵が腰を深く挿しいれる。惑乱する感覚に苛まされ、八戒は首を左右に振った。目のふちから涙が伝い落ちてゆく。
「全部入った……」
「ん……」
ぎちぎちと肉を割りさくようにして、三蔵は八戒の最奥へと達した。そのまま息を吐いて、しばらく動かずにしなやかな躰を味わう。
肉の快楽にまだ慣れない躰。三蔵が見下ろせば、艶めかしい表情で苦痛と快楽に耐える姿が目に映る。
締めつけ絡みついてくる内壁の感覚に我慢できず、思わず腰を引いて動こうとする三蔵に八戒が悲鳴をあげる。
「お願い……です……さ……ぞ……うごかな……で」
可憐な 『お願い』 に三蔵は応えようとするが、それは生殺しに近かった。長くしなやかな脚を三蔵の躰に回して八戒はすがる。無意識の媚態だ。
「あっ……ん……」
びくびくと躰を痙攣させて、八戒は焦点の定まらない瞳で三蔵を見つめた。とたんに三蔵の欲望が脈打ち、出口を求めて聞き分けのない獣が目を覚ますのを止められない。
「……無理だ……止まらねぇ」
三蔵は苦しげに告げると、ゆっくりと腰を引いた。
「は……! ぐぅ……ッ……! 」
快楽よりも苦痛が勝つような声を上げて、八戒が三蔵の躰の下でのたうつ。
三蔵はできるだけ優しく抱きたかった。
しかし、八戒の躰は思いのほか淫らで、とても我慢などできなかった。なまめかしく、しどけない躰に余裕をすっかり無くされていた。
「あっ……! 」
角度を変えて三蔵が穿つと、八戒の声が甘く蕩けた。多分イイトコロに当たったのだろう。
「はぁっ……あ……ん……」
艶めかしく喘ぐ八戒を強く抱きしめた。奥の奥までつながろうと、より強く腰を挿しいれる。
「く……あ……! 」
躰をぶるぶると震わせて、八戒はあっけなく逐情してしまった。男との性的な行為に免疫のない躰だった。三蔵とつながったまま、精を吐き出した八戒は弛緩してぐったりとしている。躰から力が抜けてしまっているようだ。
身も世も無く蕩けた淫らな躰を投げ出して喘いでいる。快楽のあまり閉じることを忘れた口からは、とろとろと唾液が伝い、シーツに染みをつくっていた。
八戒のびくびくと痙攣する躰。達するときの淫らな顔。それらを舐めるようにして眺め終わると、三蔵は少しばかり嗜虐的な表情で言った。
「早いじゃねぇか」
「も、いいで……しょ」
もう止めて欲しいと訴える八戒の涙を、愛しげに舐めとると、三蔵は八戒に噛みつくようにくちづけた。何もかもを奪い取る、熱いくちづけ。言葉に出さずとも三蔵の情欲が、触れあった唇越しに伝わってくる。くちづけは段々と官能的に、お互いを蕩かすようなものになっていった。
ぞくぞくした感覚が八戒の背を走り抜け、思わず三蔵をきつく締めつけてしまう。三蔵が甘い苦悶の表情を浮かべる。八戒の下の口が心地よくてたまらない。
腹部に掛かった精液もかまわず、三蔵は八戒の脚を抱えなおすと、その律動を激しいものにしていった。三蔵が動くのに合わせるように、八戒の悲鳴とも喘ぎともつかぬ声がかぶさる。
まったく汚れひとつない雪原に、跡をつけてゆく恍惚感にいつの間にか酔っている。
美しくしみひとつない白薔薇を、素手で手折るような背徳的な快楽。棘で手が傷つくことなどこの際かまわない。
三蔵はすっかり八戒に溺れていた。
夜はなかなか終わりそうになかった。
三蔵が我に返ると、既に空は白み始めていた。昨夜あれほど美しかった月は、朝の光に怯えるようにして、今は白く霞んでいる。
それはまるで何度抱いても、八戒に飽かない三蔵の未練を象徴しているようだった。
傍らでシーツの波に沈む八戒は、散々貪られて憔悴したような寝顔を見せている。目元がうっすらと赤い。涙の跡が残っている。
初めてだというのに、かなり無理をさせてしまった。
八戒の額に張り付いた艶のある髪を撫で上げながら、三蔵は昨日のことを思いだした。
あのまま酒場に自分が行くのが少しでも遅れていたら、この存在を失っていたかもしれないのだ。薬で動けないのをいいことに、今頃は好色な金持ちに売り飛ばされ、陵辱されまくっていただろう。男達に服を無理やり脱がされ、犯される八戒が目に浮かんだ。想像にしてはやけに現実的だった。
冗談じゃねぇと、三蔵は口の中で密かに呟いた。こいつを好きにしていいのは、自分ただ一人だ。
「お前が望むなら月にだろうと何だろうとなってやる。だから……」
三蔵は八戒の耳元で甘い言葉を囁いた。
しかし、泥のように眠っている八戒が、それを聞きとるはずはない。
窓の外では陽の光を浴びて、幻のような儚い月が、まだかかっていた。
了