たんじょうびのプレゼント

 9月21日。
 それは、
 西へ向かう、旅の途中でのことだった。


 宿の四人部屋は、狭いながらもいまやパーティ会場と化していた。

 天井やら壁やらは、金や銀の長いモールや色とりどりのリボンで飾られ、布団を敷くスキマもない。天井も壁もきらきらとした装飾で光り輝き、緑や青、ピンク色の風船が、ふわふわとまわりに浮いている。

「はーい。じゃ、このお皿はもう片づけちゃっていいですねー?」
 八戒がテーブルの上から、空になった皿を1枚、手にとった。強引に布団を寄せてたたんでいた。テーブル、いやテーブルというよりも座卓という方がただしい、脚の短い机を真ん中に置いていた。
「あー! 八戒! もうねぇの? 俺のピザポテト! 」
 悟空がテーブルの向こうから哀れっぽい声をあげる。
「ねぇよ。それに誰がお前のピザポテトなんだよ、このサル」
 悟浄が呆れたように、タバコの煙を吐きだした。マジックペンで名前でも書いとけよ、みたいなことをつぶやいているが悟空には聞こえていない。
「しかたないですねぇ。ピザポテト、もう1袋あけますか」
「さんせーい! 」
「ははは、今日は特別ですよ」
「あーはいはい。確かに、今日は特別よね。誕生日だし」
 悟浄が、その細めに整った眉をつりあげる。
「わーい! 」
「だからサル! お前の誕生日じゃねぇっての。コレ八戒の誕生日だっつーの! 」
「まぁまぁ悟浄」
 八戒が両手をあげて、悟浄をなだめる。ははは、と、眉を下げて目を細めて笑ってる。いつもの笑顔だ。
「この部屋の飾りつけとか、大変だったんじゃないですか? 」
「うー? いんや、サルがはりきっちゃって」
 宿の一室は、いつもの殺風景さとはちがった。四人部屋だと、ところせましとベッドがいれられるか、または布団が敷かれ、まさに寝るためだけの部屋になってしまうのだが、いまや、色とりどりに飾りたてられ満艦飾だ。
 そんな、わきあいあいとした会話を、聞きなれた低い声がさえぎった。
「きちっと、てめえらが、とめておかねぇから落ちてきたぞ」
 三蔵だった。
 セロハンテープだのなんだのを駆使して、部屋中に飾りつけしていた。色とりどりの折り紙で、輪をつなげてつくった飾り、きらめくスパンコールが華やかだ。きらきらしている。
「なんか、七夕とかクリスマスとかの飾りが混じってそーなんだけど」
 折り紙でつくった飾りを眺めながら、悟浄が言う。
「ははは、いやあ、にぎやかですねぇ、うれしいですよ僕のために」
 八戒は座っていた膝を立てた。狭い四人部屋だった。脚の短いテーブルのまわりへ直に座りこんでいたのだ。
「さて、と。ピザポテト、もっと持ってきますか」
「いーって、お前、今日は主役なのよ、おわかり?……俺が行くって」
「だいじょうぶですよ悟浄。貴方のウィスキーも、おかわりもらってきましょう」
 八戒は立ち上がると、部屋の外へ消えた。宿の食堂にいって、追加の酒やお菓子を調達してくるつもりなのだろう。
「ったく。おい、これじゃあべこべだろが」
「んー? 」
 肉まんをくわえたまま、悟空が首をかしげる。
「だいたい、八戒へのプレゼントとか、お前、考えてんのかよ」
「あ、俺、肉まん買ってきた」
「お前じゃあるまいし、そんなので八戒がよろこぶかよバカ」
 悟浄と悟空はひそひそ声で相談している。
「うるせぇぞ、てめぇら、少しは静かにできねぇのか。酒がまずくなる」
 三蔵といえば、まるで関心などないかのように、手にした盃を口に運んでいる。白いぐいのみだ。なみなみと透明な日本酒がつがれていて、悟浄のところまで薫り高い匂いがただよってくる。
 ちら、と悟浄はその姿を見つめた。もう、けっこう呑んでしまっているのだろう、いや、もともとそんなにこの男は酒に強くはない。その白い顔は少し赤くなっていて、酒の酔いに染まりはじめている。既に僧衣は崩して、着ているのはいつもの身体にぴったりとした黒いタートルネックだ。
「……なぁ、悟浄」
 悟空はぼそり、と話しかけた。
「八戒ってさ、本当に三蔵のこと、好きなのかな」
「えっ」
 悟浄は悟空が思いもかけぬことを言いだしたので、ウィスキーの水割りを思わずふきだした。
「だって、そーなんだろ。悟浄、前に言ってなかったっけ? 」
「……そんなこと、俺、言ったっけか」
 悟浄は少し気まずそうに顔をしかめた。悟空なんかに、こんな子ザルちゃんに、そんなおとなの話題をふった記憶がなかった。しかし、酔ったときにでも言ってしまったのかもしれない。別に確証があるわけではない。単なる悟浄のカンだ。ときどき、悟浄の親友は、あんな鬼畜坊主を、ぼうっとした目で見つめているのだ。


 天井へ巡らした飾りつけは失敗だった。ぼとぼと、と金のモールや銀のリボンが次々と落ちてくる。借りている部屋なので、画びょうを使うのをためらったのが敗因だった。セロハンテープなどでは、長いリボンやモールは、重さがあるので、支えられないのだ。うまく飾りつけることができていなかった。
「ったく。だから、きちんとつけとけって言ったろうが」
 悟浄と悟空の目の前では、華麗な金の髪をした最高僧さまが、自分の頭上に、金のモールが落ちてきて、おかんむりだ。目じりが垂れているくせに、整いすぎているために、まったく愛嬌のない美麗な紫暗の瞳を天井へ向け、次はどの飾りが落ちてくるのかにらんでいる。
「なぁ、悟浄」
 悟空が金色の目で、じっと三蔵を見つめている。
「たんじょうび、ってそのひとの欲しいものをあげるんだよね」
「お、おう。そりゃそうだな」
 悟浄も、じっと三蔵のことを見つめた。頬を少し赤く染めて、酒に酔った三蔵は少し眠そうだった。


「すいませーん。遅くなってしまって」
 八戒が笑顔で部屋に戻ってきた。両手いっぱいの紙袋を抱えている。日本酒のビンがのぞき、同じ袋のなかのウィスキーのボトルとぶつかって、硬質な音を立てている。
「見てください。これ宿からのサービスだそうですよ。ほら、おいしそうなローストチキンでしょう」
 はは、でも、これじゃまるでクリスマスですよね。なんて、いいながら、ひとつひとつ紙袋を開けている。いままで、テーブルの上は、ポテトチップスやお菓子が並んでいたが、悟空がすべて食べつくしていた。その空いた皿へ、食堂でもらってきたいろいろなおかずを並べだした。おそらく、八戒が誕生日だと宿帳か何かで知ってる宿側の大サービスだ。好青年は得だった。
「さ、まだまだたくさんありますよ、ご……」
 八戒が 「悟空」 と言って振りかえろうとした、そのとき。
「じゃーん」
 悟空がうれしそうに、金銀モールでぐるぐる巻きにした、何かを抱えてきた。
「猪八戒サンおたんじょうび、おめでとーーーー!」
 悟浄がやはり、そのリボンやモールでがんじがらめにした、「それ」 を反対側から逃がさないように押さえつけた。HAPPY BIRTHDAY!! の文字を一字ずつくり抜いて、糸でつなげあわせたガーランドがきつく 「それ」 の腕や胸に絡みついている。
 ふたりで、暴れる 「それ」 を八戒のところへひきずっていった。
「てめぇら! なんのマネだ! これは! 」
 金銀のモールにぐるぐると縛られていた、「それ」 がドスのきいた低音で叫ぶ。

「さ、三蔵」

 八戒が驚いたように、その緑の目を丸くした。
 金や銀のきらきらしたモールでぐるぐるに巻かれていたのは、確かに三蔵だった。

 黒い下衣に絡まる金色のモールが、金の髪と妙に調和してひどく似合う。身体にはプレゼントよろしく紫色のリボンが結ばれていた。
 悟浄はその金髪の美しい頭に、かわいい水玉もようの紫色のリボンをそっと載せた。ちょうど、バースデープレゼントにつける、とっておきのリボンのようだ。
「はーい。八戒サンに鬼畜坊主をプレゼント! 」
「おめでとー! 八戒っ」
「てめぇらっ」
 美しい眉をつりあげて、三蔵がびりびりとした声で叫ぶ。その腕や脚に、青や赤のリボンがぐるぐると絡みついている。既に、その手にしていた日本酒の盃は、悟浄や悟空と争ったときに、落としてしまったらしい。周囲は酒くさかった。
「……え」
 八戒は緑の目を丸くした。リボンまみれになった、最高僧をぐいぐいと押しつけられる。どうみても悪ふざけだ。
 それなのに、
「僕……に? 」
 意外なことが起こった。八戒が真っ赤になったのだ。顔も、耳も、首まで赤い。
 そっ、とその三蔵の身体に絡まる、金のモールの端を握った。まつげの先がふるえている。握った手が所在なくもじもじと、どうしたらいいのかわからぬように、固まっている。
「お」
 真っ赤になって硬直してしまった。そんな八戒を前に、悟浄が毒気を抜かれる。切れ長の赤い瞳をみひらく。
「ちょ、八戒? 」
 予測外の反応だった。
 真っ赤になって、その場で硬直したまま、八戒は動こうとしない。三蔵のことをじっと見つめている。
 いままでのバカ騒ぎが嘘のようだった。一瞬、すべてのときが止まったように、静かになった。

「……おい」
 その沈黙を破ったのは、最高僧さまだった。
「おまえら、席を外せ」
 その顔から、酒精の赤みは去っていた。いつもの白皙の美貌に厳しい表情を浮かべている。
「え」
「席はずせっていったって、ここ四人部屋」
「いいから、出ていけ」
 鬼畜坊主は傲慢な口調で言った。金や銀のモールをその身に絡みつかせたまま、八戒の手をとった。ますます、八戒は赤くなった。
「八戒」
 三蔵は金のモールを握りしめたままの、八戒の手をそっと自分の手で包みこむ。
「三蔵」
 八戒はいまだに、顔が真っ赤だ。
「な、なんでしょう。貴方が僕へのプレゼントだって、聞いたら」
 悟浄や悟空の冗談なんでしょうに、すいません。と小声で詫びている。
「す、すごくうれしくて、びっくりして僕」
 メガネをかけた、緑の瞳が潤んでいる。つやのある黒髪が、天井の照明を受けて光る。
「八戒」
 三蔵は、思わずより真剣な表情になった。
「な、なんでしょう。こ、この気持ち……すいません」
 八戒はますます顔が赤くなってしまうのをとめられなくて、片手でその顔を隠すようにした。
「八戒」
 三蔵が、隠そうとするその手首をつかんだ。じっ、とその紫の目で八戒を見つめた。
「三蔵」
 恥ずかしそうに、八戒が伏目がちに三蔵を見つめる。
「……わかった」
 三蔵はその視線を正面からやさしく受け止めた。
 金や銀のモールが絡みついたまま、ふたりはお互いを見つめ合っている。ピンク色の風船。きらめく誕生日の英字のガーランド。三蔵の身体には、紫色の蝶むすびにしたリボンが絡みついている。

 そう、

 八戒は誕生日のプレゼントを、確かに受け取った。


「……悟浄」
 悟空は青くなっていた。こんな事態は想像していなかった。ちょっとした、いたずらだったのだ。それなのに。目の前では、養い親である鬼畜生臭坊主と、最遊記の影の番長、兼保父さんが、ひしっ、と抱き合っている。
「ああ、確かに今日は外で寝るしかねぇな。行くぜ悟空」
 悪のりしすぎたふたりは、自分たちのプレゼントが、思いのほかものすごいドストライクだったことに、喜ぶよりも、いまや心の底から後悔していた。





 おたんじょうび、おめでとう。






 終