8月3日

説明)8月3日企画ギャグ
注意事項)八戒総受上等な書き手による間違った色気皆無のギャグ8×3 対象年齢5歳以下推奨


「僕はあなたの為なら死ねるっ!」
 朝っぱらから八戒は三蔵に向かって言った。
 はいー?
 最遊記における『変人担当』である八戒だが、今日はまた輪を二重にかけて メビウスっぽくしたくらい変だった。三蔵は新聞を読む手を止めて八戒を見た。
「お前……?」
 にじり寄ってくる下僕に何か不穏当なものを覚え三蔵は新聞を思わず取り落とし、ついでに飲んでいたコーヒーまで取り落としてしまった。
 それを見て八戒がすかさず駆け寄る。
「危ない! 三蔵っ! 怪我は? お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫だ。大げさだな。お前おかしいぞ。いや、もとからおかしいけど今日はまた」
「何言ってるんですか! 僕は何時だってこうですよ! でも……」
 八戒は三蔵の手を取って言った。
「……この綺麗な手に火傷なんかさせなくて良かったです……」
 目を潤ませながら、恥ずかしい台詞を躊躇いもなく言ってのけた。
 三蔵が今度こそ硬直した。
 はいーっ?
「危ないことはしないで下さい。三蔵……あなたは僕のたいよう……いや金色の天使だ! 羽の生えてないのが不思議なくらいですよ! 僕はあなたを守るためならなんでもしますよ!」
 スパーン!
 目を覚ませとばかりに三蔵は思わずハリセンを見舞った。
 しかし、八戒はなおも幸せそうな笑顔で
「ふ……素直じゃないんですね……僕の天使」
 訳の分からないことを言っている。三蔵はぞっとした。
「新婚旅行はどこがいいですか? 南の島のコテージ? それともエーゲ海?」
 気色の悪い事をなおも言い続けている。たまらず、三蔵は今度こそ本気で満身の力を込めてハリセンでブチのめした。
 スパパーン!!
「照れ屋なんですね。三蔵……でもそんなあなたもス・テ・キですよ」
 口元が切れて血をたらしながらもえへらえへらと微笑みながら八戒は懲りずに言った。スゴイ根性だ。ナイスファイト。
 三蔵の全身に鳥肌が立った。頭の中が真っ白になる。
 そんな三蔵の様子にスキありとみたのか八戒が突然抱きついた!
「僕の三蔵ッ……!」
「馬鹿! 何考えてやがる! 離せ!」
 にっこりと八戒が返事をする。
「いやです」
 嫌がる女王サマに縋りつく下僕。ムチの代わりにS&W。ある意味8×3の典型王道パターンの状況下ではあった。
 が、三蔵としては冗談ではない。我慢しきれず八戒を殴りつけた。
「痛い……三蔵、僕の愛を試してるんですか? うふふふふ。おバカさんですね僕の天使は」
「バカはお前だー!!!」
 三蔵は思わずツッコミを入れた。入れずにいられなかった。
「悟浄ッ! 悟空ッ!!!」
 すっかり恐慌状態になり、三蔵は他の下僕二人の名を声高に呼ばわった。




「で……?」
 悟浄もあきれて何も言えない。
 悟浄と悟空が駆けつけたとき、既に八戒はボロボロであった。
「コイツがえらく気色悪くてな。つい銃で撃ってうっかり魔戒天浄喰らわせちまった」
 弁解がましく三蔵がブツブツと言う。哀れ八戒は焼け焦げてケシズミみたいになっていた。
 それでも八戒はまだ生きていた。見かけよりかなりタフだ。しかもしつこい。ストーカー検定とかあったら 多分高得点をマークすることであろう。
「僕は死にません! あなたが……好きだから……!」
 床に転がりながらも八戒は言った。ふふふとか微笑みも浮かべている。相当コワイ。
「一体全体。こりゃなんだ」
「昨日の夜は俺と同じ部屋だったけどよ、いつもと変わりなかったぜ。あ、でもそういえば」
 悟浄が変わり果てた親友を痛ましげに眺めた。記憶をたぐる。
「八戒のヤツ、『胃がちょっと重くて』なんつって宿の薬箱から何か飲んでたぜ」
「それだー!!」
 助かりたい一心の三蔵は思わず叫んだ。
「その薬が原因なんだ! 悟空! 薬箱ってのはどれだ」
「これかな? でも変な薬なんてなさそうだよ?」
 悟空が薬箱を持ち出して中を確認する。
「あっそれよそれ、八戒が飲んでたの」
 悟浄が一緒に覗き込みながら指差した。
「キャべ○ンAコーワ330錠……コレ?」
 変な薬ではない。処方箋なしで買える市販薬だ。

 一行が顔を見合わせて途方にくれていたそのとき。
「中身は俺が特製のと取り替えといてやったぞ」
 神々しくも虚空から声が響いたのだった。
「観世音菩薩!」
 二郎神を連れた菩薩が三蔵達の前に降臨した。悠然としている。手には楊柳の枝を持ち、相変わらず自愛と淫猥の象徴といった佇まいだ。
「話が飲み込めねぇんだが」
 三蔵が嫌な予感がしつつも菩薩に聞いた。
「だから、八戒が飲んだ薬は昨日俺がお手製のと取り替えといてやったんだよ」
 菩薩自らわざわざ薬箱の中身をすげ替えていたのだった。開いた口が塞がらない。
 二郎神が菩薩の背後から手を合わせて一行に謝っているのが見える。たぶん思いつきで行動している菩薩を今回も止められなかったのだろう。
「なんの薬と中身を取り替えたんだ!」
 額に青筋を立てて三蔵は怒鳴った。
「それがな、聞いて驚け。飲むとどんな受けだろうと『攻』になる薬だ! すごいだろ!」
 得意満面な菩薩に全員あきれてモノも言えない。
「なんだってそんなもの作ったんだよ!」
 悟浄が叫ぶ。
「お? そりゃあ面白いからに決まってんだろうが!」
 菩薩の辞書に反省という文字はなさそうだ。
「お、面白くないよ。八戒変だよ」
 悟空が涙目で言った。
「ぶわはははは。まぁ効果は一週間ってとこか。まぁそれまで頑張るんだな。三蔵」
「何のためにこんな……!」
「試練だよ。試練! いいねぇ若いってのは。まぁ俺はアレだ。須らく看ててやるから頑張りな」
 黙って装弾するとジャキィッと撃鉄を上げ、三蔵は菩薩に向かって撃った。
 しかし流石に菩薩は通力広大。高らかに笑いながら雲霧を踏んで飛翔する。背後で相変わらず謝り倒している二郎神を連れて菩薩は天界に帰っていった。




「で……どうするのよ三ちゃん」
 宿屋では相変わらず三蔵と下僕ども二人が頭を抱えていた。
「八戒が俺だけに「攻」になってるとは限らねぇ」
 三蔵は冷静に言った。
「は?」
「考えてみろ河童」
「?」
「今日は何日だ」
「えっと……8月3日?」
「そうだ。8月の八戒総攻月間における8×3の日だ。8×3サイトがこぞって祝う日だ」
 なんでそんなことを三蔵が知ってるのかは実に謎だが最高僧にもなるとこのような世俗の事情にも長けるのであろう。
「変なこと詳しいね……で?」
 悟浄も嫌な予感がしながら三蔵に続きを促した。
「菩薩は一週間薬の効果があると言った。要するにだ」
「もしかして……」
「そうだ当然8月5日は8×5の日! そして8月9日は8×9の日だ!」
 悟浄と悟空がぶんぶんと首を横に振る。
「まじかよ!」
「諦めろ河童! リバ上等と思え!」
 重々しく三蔵は言った。
「か、勘弁してよ……」
「お、俺にはそんなこと八戒はしないよね。だって八戒優しいし……」
 悟空の言葉に三蔵は厳粛な顔つきで首を振った。
「無理だな。塾講師が小学生襲うノリでヤツはお前を襲うだろうな」
 三蔵が恐ろしいことを宣告した。




 かくして。
「おねがいおばさん! 八戒ここの宿で預かっといて!」
「一週間! 一週間でいいから! そのうち引き取りにくるから!」
 宿の主人に必死で頼み込む悟浄と悟空の姿があった。
 宿の主人も困惑気味だ。
「と、いったってねぇ……」
 傍らで三蔵は口に釘をくわえてカナヅチを振るい、八戒を閉じ込めた部屋のドアを釘づけにしている。まるで直下型の台風がくる前日 みたいな完全防備だ。
「こ、困りますよお客さん。ドアが!」
 困惑を極める宿の主人に三蔵が三仏神カードを差し出す。
「これで頼む……事態は緊急を要するんだ! ここにいるのは極めて危険な豚だ!」
 三蔵はもの凄く真剣だった。何しろ貞操の危機である。
 ジープで逃げることも考えたが流石は忠義ものの竜のこと、八戒が同行しないと知るとうんともすんとも動かなくなってしまったのだ。
 部屋の中からは八戒の声が聞こえる。
「開けて下さいよ……あなたが照れ屋なことは知ってますけど、こんなことしてまで僕から逃げなくたっていいでしょう」
 ホザケ! ボケが! などと喚きたい三蔵だったが、今はこのドアが開かないようにする方が重要だ。
 しかしそんな微かな希望は、悟空の次の言葉で全て水泡に帰した。
「あ、三蔵指!釘で切ったの? 血が出てるよ」
 悟空の言葉が終わるか終わらないかというくらいだった。もの凄い勢いでドアが蝶番から何もかも吹っ飛んだ。打ち付けた釘など何の意味もなかった。
「三蔵が怪我ですってぇぇぇぇえええ???!!!」
八戒が気功でドアをぶっとばしたのだった。ドアの破壊音とともに八戒(攻)が現れる。
「ああ! 見せて下さいっ! こんな……僕の気持ちも知らないでこんな怪我なんかして!」
 ドアなんかのんきに釘づけにしている場合じゃなかった。本当に意味が無かった。よく考えたら八戒ほど無敵な男がいるだろうか。
「……逃げろ! お前らとにかく逃げろ!!!」
 一目散に三蔵は逃げ出した。意味不明な叫び声を上げつつ悟浄と悟空がそれに続く。
「ふふふ! 捕まえますよ! 僕の心を盗んだ罪な人 !待てぇ?」
 ひょっとして薬の効果がきれるまでこうやって俺達は逃げ続けなくてはならないのだろうか。
   三蔵一行に不吉な予感が去来する。
 三蔵災厄の日はなかなか終わりそうになかった。
 つづく。

2007.8.3.UP